5章「妖圏追紀行」

273話 妖圏迷走その1

「お前が遭遇したというその《角妖》、まず間違いなくケルヌンノスだろう」


「ケルヌンノス?」


 ニーオリジェラの乱が終結した次の日。俺はディレヒトに呼び出され、信庁本殿の一室で向かい合っていた。そこで交わされたのは、昼を夜にし《魔界》と《人界》を繋いだ魔術について。俺が爆心地ちゅうしんに最速で駆け付けたのをンバスクから聴取して、情報交換をしようというので


「《妖圏》ケテスィセルはアーティゼンの里より遣わされた使者だ」


 学院で学んだところによると、《妖圏》も《魔界》と同じように複数の統治機構が存在するという。《魔界》では魔王が国を統べるが、《妖圏》では妖精王が里を治めているとか。細かい差異なんかは覚えていないが、つまりそのケルヌンノスはそこから派遣されたってことか。立ち位置で言うなら神聖騎士───聖究騎士級に準ずるか?


 そこでふと思い至って、


「ヤツは───《信業遣い》なのか?」


「妖属の場合は《希術師トリックスタ》という。……恐らくそうだろう。あちらからすれば《人界》はどことも知れぬ異境、全権を委任するならば相応の者を選ぶのが道理というもの」


「そいつを捕らえてこい、と」


生死問わずデッドオアアライヴ、だ。ヤツに決着をつけてくるまで《人界》に帰ることは罷りならん」


 曰く、現場から大儀式の痕跡が複数発見されたという。過去視を得意とする神聖騎士による調査と俺の証言を併せて、信庁はケルヌンノスを重大犯罪者として認定。彼がもしも《人界》で発見されれば、その場での処刑まで許可されている。


 だが、彼は妖属だ。


 彼らには《妖精の輪》という特殊能力が存在する。《九界》の隣接する世界、例えば《人界》ヤヌルヴィス=ラーミラトリーと《妖圏》ケテスィセルを自由に行き来できるのだ。……といっても制約はあり、どこからでも脱出できるわけではないらしい。《経》と同じように特定の地点スポットでのみ可能だというが───ケルヌンノスは自身の引き起こした混乱に乗じて、とっくの昔にその地点へと到着しているはずだ。


 つまり《妖圏》まで追わなければ捕まえられない。ヤツの行いを裁けない。


 今の信庁は、大っぴらに喧伝するわけにはいかないが───ひどく弱体化している。聖究騎士のうちニーオとヴェネロンが死亡、ロジェス、メール=ブラウは重傷。ルーウィーシャニトも芳しくないらしいし、全体的に戦力を削がれていると言っていい。推定《信業遣い》のケルヌンノスを捕縛するのに神聖騎士は出せないが、野放しにしておくわけにもいかない信庁ディレヒトと。


 幼馴染を唆した───とは言わないが、アイツの馬鹿に乗っかって《人界》をメチャクチャにした上で、俺に思わせぶりなことを言い残して逃亡したヤツを許しておけない、異界へ飛んででも確保したいユヴォーシュと。


 利害は一致した。


 俺はディレヒトの命令たのみに応じて《妖圏》へ向かうことにした。

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