271話 火焔葬送その8

「───お前がそれを問うのか」


「問うさ。俺はお前の幼馴染なんだ」


 そんなことを真顔で言うなよ、とニーオは呟く。いちいち言われなくてもこっちが忘れたことは一度だってないんだから。


 どうしてそんなことをしたかって、そりゃあもちろん、


「───誰も思いつきもしないようなことをしたかったんだ。それだけだよ、ビックリしたろ?」


 彼女の幼馴染の男は腹立たしいヤツで、自分は普通人だって顔をしながら、平然ととんでもないことをやってのけるのだ。口では無茶だ無理だと嘯きながらもやってみれば案外いけるもんだ、とかほざきやがる。そんなヤツと───ヒトに想像できることはおよそ実現できるようなヤツと肩を並べたいなら、誰も───そいつでさえも───思いつかないような絵空事を描くしかない。


 そうしなければ、胸を張って並び立てない。


 己の魂を、支えられない。


 だからまあ、結局のところは自分自身のため。


「アタシは諦めてない。どう言葉を尽くしたって止まらない。止めたければ、分かるだろ?」


 生きているなら心があって、心があるなら自尊心を保つ必要性に駆られ、そのためには神を殺す難行に立ち向かう以外の選択肢をとる気はない。


 言ってしまえば呼吸に等しい。生きている限りは無限に要求されることは、生命体によっても違うし、ニーオリジェラという個人においては常人に加えてもう一つあったというだけ。ありのままに生きていくうえで必須なことが、その他大勢の迷惑にしかならないなら───


 どこまでも身勝手な理由で大勢に迷惑をかけたのだから、赦されるとは思っていない。


 話すべきことを話し終えたニーオは再び歩き始める。今度は信庁の内側から爆発するのではなく、外側に手駒を用意してぶつける計画を練りながら、その計画が無駄になることを確信している彼女。


 彼女の足取りが


 進もうとする意思を燃焼させる熱なき焔。ユヴォーシュの《火焔光背》がニーオを閉じ込めているのだ。


 何を試しても、その試そうとする意思そのものが端から燃え盛って、それ以外の変化は発生しない。この《信業》の有効圏内で動けるのはユヴォーシュのみだ。……けれど彼も、徒に《信業》を展開したまま動けずにいた。


 彼も理解している。ニーオが心変わりすることはない、止めたければその命を絶つしかないと分かっていても即断できる理由にはならないのだ。


 ───だって、いくら大罪人だって。彼女は彼の幼馴染なのだ。


 自分勝手な目的を立てた。《人界》がどうなっても構わないからと小神殺しを目論み、計画遂行の過程で人を死なせた。混乱を引き起こすために《魔界》と繋いで魔族を引き入れ、《人柱臥処》には《真龍》を放った。そもそもユヴォーシュを聖都イムマリヤに呼びつけたのだって、信庁の攪乱のためだ。


 昔からそうだった。些細な口論でいきなり蹴りをかましてきて、足をへし折られた時は本気で泣いた。何かの勝負で負けた腹いせとしてぶん殴られてできた切り傷の痕は今も薄っすら残っている。


 思い返せば思い返すほど腹が立ってくる。けれどそこ止まり、殺意なんて抱いたこともない。ずっと当たり前にいると思っていたのに、どうしても彼女をそのまま見逃す決意もできずにいる。


 彼女の自由は、危険すぎる。

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