269話 火焔葬送その6

 俺は《光背》を解かず、ディレヒトから距離を保ったまま問いかける。


「ニーオは……どこへ逃げたんだ?」


「さあな。《人柱臥処この中》ではなかろうが……。ルーウィーシャニト、どうだ?」


 虚空に糺した彼に、どこからか応じる声があった。


『───駄目だな、おらぬ。そこの乱暴者が通り抜けていった一帯は精査できていないが、そこに隠れ潜んでいるということもないだろう。ニーオリジェラは外だ』


 《冥窟》のルーウィーシャニトが告げる。


 察するにそこの乱暴者というのが俺を指しているらしい。ヴェネロンがのらりくらりと逃げ回るから確かに追い回したし、手加減などできる相手ではなかったからアルルイヤも思いっきり振り回した。それがよほど腹に据えかねているのだろう、声に怒りが滲み出ている。


 俺は魔剣を収めた。これ以上彼女の機嫌を逆撫でしても得はないし、どのみち、ヴェネロンが死にニーオが逃げた現状、戦う相手はいない。ディレヒトがどう出るかは気がかりだったが───少なくとも今はお目こぼしをされたようだ。何より優先すべきはニーオの逃亡先の特定で、俺たちの心は一つになっている。


「君は彼女とは旧知の仲だったろう。どこに逃げたか心当たりはないのか」


「ないね」


「真実か?」


「俺が挙げられる程度の場所なら、言うまでもなく調べに行くだろ。そんなとこに逃げ込んでるとは思えない。アイツなら」


「違いない。───もういい。いつまでもこんな場所にいないで、さっさと出ていけ」


「言われなくてもそうするよ」


 ディレヒトの言葉にあわせて虚空から扉が出現する。《人柱臥処》に来るときに入った扉と同じデザインだから出口だろうとすぐに見当がつく。俺は《光背》でバスティとヒウィラを包みながら素直に利用することにした。


 ニーオはディレヒトにこっぴどく負けて、あれだけの怪我を負ってもどうせ諦めやしない。一刻も早く探し出して止めないと。


 扉を抜けた先、日が傾きつつある聖都に俺は走り出す。駆けずり回って探しても、探しても、探してもどこにも見つからず、正しく夜がやってきてもまだ見つからない。


 ディレヒトにああは言ったが心当たりのある場所は全部探した。実家のあったあたりは特に重点的に探しても、ニーオリジェラの痕跡は皆無だ。


 信庁───神聖騎士たちもまだ発見に至ってはいないらしい。奇蹟で作り出された灯火が投げかけられて、聖都イムマリヤは夜にも関わらず昼と遜色ないほど明るく照らし出されている。征討軍まで動員しての《火起葬》狩りは見つかるまで続くだろう。


 街の一画、空から探そうと登った家屋の屋根の上。俺に付き合わされて休みなしのヒウィラがボヤく。


「これだけ探して見つからないんですから、きっともう聖都からは逃げおおせているのでしょう」


 本当にそうだろうか。神聖騎士のみが扱える、他都市へ極短時間で移動できる《転移紋》なんてシロモノがあるらしいが、そんなものは当然使えないようにしているだろう。聖都から各方面へ伸びる大街道も封鎖され、この街からは誰一人として脱出できない厳戒態勢だ。


 そんな中で、どうやってここから逃げ出せる?


「──────あ」


 、可能性がある。


 うち一つならば俺には追う手段はない。もう一つの可能性に賭けるしかないが、しかし俺は何を賭けているのだろう。彼女がもう一つの可能性を採っている方か、それとも採っていない方だろうか。


 考えても答えは出ないままだ。俺は自分たちに隠密を施すと、街の外れへと跳びたった。

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