268話 火焔葬送その5
ユヴォーシュの振るう魔剣アルルイヤは斬り裂いた《信業》を喰らう。
それを嫌がったルーウィーシャニトが、ヴェネロンと斬り合いながら突っ走る彼の周囲から手を引いたのだ。《信業》による監視、行先の操作、妨害や何から何までが出来なくなった結果、ニーオとの合流を目論むヴェネロンは《冥窟》を好き勝手潜り降りてしまった。
彼はニーオの位置を把握できる遺物を用意していた。その上で、《冥窟》的妨害がないとくれば、ユヴォーシュをいなしながら進行方向を決めるくらいは容易い───わけではないが、可能ではある。
そうして壁やら床やらを瓦礫に変じてもつれあう二人が、底の底まで辿り着いたのは決着の瞬間。
ディレヒトが手を振り下ろす。
ユヴォーシュには逆光で見えなかったが、無数の剣が狙い通りに光を放つ。対象を焼き斬る熱量が真っすぐに空間を突き進み、割って入ったヴェネロンの身体をずたずたに引き裂いた。
にやり、と老騎士が笑う。彼にはこれからどうなるか全て分かっていた。分かっていて飛び込んだのだ。
ディレヒトは油断なく間断なく攻撃を雨と降らせる。ヴェネロンがここまで辿り着いたということはロジェスは敗北したということで、つまり《年輪》のストックはどういう理由か未だ残っていることを意味している。尽きるまで破壊するしかない。強化していても耐え切れない弾幕の嵐に晒されディレヒトの身体が端から消えていく。彼は《年輪》で生きては死にを繰り返し、シナンシスが稼げなかった分の時間をしっかりと稼ぎ切った。
「老骨より先に死ぬものじゃない」
それを最期の言葉として、ヴェネロン・バルデラックスは《人界》に肉体の一片すら遺すことなく去っていった。
その遺言が、果たして届いたのかどうか。
ニーオリジェラ・シト・ウティナは師匠の稼いだ時間を活かしきって、最後の奥の手を切った。───まんまと《人柱臥処》から脱出せしめたのだ。
影も形もない。後にはディレヒトとユヴォーシュたちと、彼女の再来を期して待つシナンシスだけが残された。
◇◇◇
───なあ、師匠。鍛錬の成果ってのは土壇場でこそ発揮されるものだと思わないか?
───久しぶりに顔を見せたと思ったら何を言いだすのかと思えば。……物事は直截に言え、年寄りをからかうな。
───相変わらず武骨なこって。じゃあいいさ、小神を殺したいから付き合ってくれよ師匠。
───ごほっ、げほげほげほっ。な、何を言いだすんだお前は。げほっ、ぐ、っ……。
───おいおい驚くのはいいが大丈夫か爺さん。そんなんで、手伝ってくれる前にぽっくり逝かないでくれよ。
───……ぐ、む…………。
───爺さん? おい!
───ああ、本当に死んでおった。驚いた、驚き過ぎて噎せて死ぬとは。
───本気で言ってんのか、あんた。
───こんなつまらない冗談など言わないよ。私を何だと思っている、六十になろうかという老いぼれだぞ。噎せて死ぬことくらいある。
───そうかもしれないけどさあ。
───ふはは、ああ、愉快愉快。まさかお前に驚き殺されるとはな、ニーオ。そうとなれば認めんわけにはいかん。
───ああ?
───私が真に認めるのは、私を殺せた者だけだ。合格だニーオ、お前の計画に手を貸そう。……とはいえ、あくまで私が手を貸すのは弟子たちの腕を確かめるためだけだがな。
───やれやれ。酔狂な爺だぜ。
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