267話 火焔葬送その4

 あと何度挑戦しても同じように逸らされて終わりだろう。いやそもそも試行回数を得られないはずだ。ディレヒトがそれを許すはずがない。何よりニーオ自身、すでに限界なのだ。まだ意識を保っている方が不思議なくらいの重傷なのだから当然と言えよう。


 ディレヒトが止めを刺すべく聖剣を掲げる。霞む片目で眺めていたその鋒が、何か別のものに隠された。


「……そこを退いていただけますか、シナンシス様」


「退くものか。彼女は私の騎士だ」


 聖究騎士同士の戦闘速度には追随できないが、こんなものは戦闘ではなく処刑だ。ならば特別製義体のシナンシスにも割って入る余地はある。彼の神体はここにはないから心情的にも恐れることはないが、それはつまり盾としての有用性も薄いということ。ディレヒトが小神に敬意を表しているから会話が成立しているだけで、いざともなれば諸共バラバラにしたってなにも不都合はないのだ。


 こんな地の底、誰が見ているわけでもないのだから。


「何故、彼女の味方をするのですか」


「飾るなよディレヒト。お前も知っているはずだろう、小神わたしたちのこと」


「……何故、死のうとする。《人界》を支えるのにそうも疲れたか?」


 小神はかつて人であった者たちであり、今や《人界》を支える要、礎となっている。九柱のうちの一柱、折れれば《人界》がどうなるかは誰にも分からない。にも関わらず死を欲するシナンシスの根幹を問い質すディレヒト。


 背後に庇うニーオの回復のため、シナンシスとしても時間を稼ぎたい。彼はどうしてそんな選択肢を採ったのか内省する。


「そうだな。私が小神になってから───もう何年だった? それも忘れてしまったが……」


「887年です」


「そうか、案外千年は経っていなかったか……。まあ随分と年月を経て、倦んでいたことは認める。早くこの任を引き継ぎたいと考えてあれこれ画策したこともある。それももう遥かな昔の話だが」


「では、貴方はまた自殺をするつもりか? ニーオが失敗したら次の聖究騎士を擁して、死ねるまで」


「いいや」


 シナンシスが頭を振る。その顔に浮かんでいるのは諦観や倦怠ではなく、ただ透明な微笑のみだ。


「私は彼女を選んだんだ。いつか終わりが来るとして、私の終わりはニーオリジェラ・シト・ウティナでなければ嫌だ。それ以外の終わりなど認めない、彼女以外に殺されるくらいなら劫の果てまで生きてやる。断じて受け入れるものか」


 もしもディレヒトに顔がいくつもあったなら、きっと全て別の表情をしていたことだろう。複数の感情イロが入り混じって、最終的にはどんな表情も出力されることはなかったが、決して何も思っていないわけではない。


 つまるところ、このシナンシスという小神ヒトは、ニーオリジェラに惚れこんでしまったのだ。彼女の熱量に中てられて、自己に決して揺るがない結末───死を刻み込んで欲しくなってしまったらしい。つまりここでニーオさえ討てば二度とこんな騒ぎは起きないということで、ディレヒトは決着をつけることにした。


「ならば」


 聖剣を掲げる。それに呼応して、周囲が一糸乱れない動きでニーオリジェラに狙いを定めた。


 振り下ろされた瞬間に今度こそ彼女の命脈は絶たれる。───間に合わなかった、シナンシスとディレヒトの会話の間だけでは損傷の修復が追いつかなかった。逃げられない躱せない防げない。これで終わりかと思っても感慨も湧かないものだ。


 天を仰ごうにも地の底の《人柱臥処》の一番底、無機質な天井しか広がっていない。


 ……その天井が、振動し始める。


「あ?」


 ───幾層もの床がまとめて砕け、ユヴォーシュたちとヴェネロンがもみ合って墜落してきたのだ!

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