266話 火焔葬送その3

 ニーオリジェラ・シト・ウティナ。《火起葬》のニーオ。


 彼女の《信業》は超攻撃特化。火焔操作を主軸としてある程度の応用はできるが、本質的には炎を収束させて放つ《紅の槍》の速射性・精度・射程───概して緻密な操作が彼女の得意とする分野である。火力も当然、そんじょそこらの《信業遣い》には負けることはないが、そこに関しては《神血励起》による“当たれば死、当たらなければ何もなし”の概念付与があるためさほど重視していない。


 突き詰めて言えば早撃ち勝負。先に撃って当てれば勝ちというスタイルは、だからこうして先手を取られると脆いものだ。《信業》自体が守りよりも攻めに向いている異能であることを差っ引いても彼女の守りは弱い。


 一手、たった一手先んじられただけで満身創痍。


 右手は二の腕から綺麗に切断され、両足とも関節のないところで曲がっているから満足に立てもしなくなっている。片目は血が流れ込んで塞がっているのか眼球から潰れているのか判別できない。外傷だけではない、ニーオは鼓膜がまともに機能していないこと、脈拍が怪しいことにも気づいている。どうやらそこも何かされたらしい。舌打ちをしようとして口腔に血が溢れた。


 対してディレヒトは無傷。


 彼女の周囲に旋回させていた火種、火の玉の形で留めておいた火焔の大半は初撃で消されていたが、どうにか一発は放っていた。それでも彼には傷一つつけられなかった。彼は剣をニーオに突き付けるポーズのまま、防御するそぶりすら見せなかったというのに。


 これほどのものか、と思う。


 今日この日のために彼女は手を尽くしてきたが、決して完璧な計画というわけではなかった。穴はあちこちにあり、例えばロジェスの《神血励起》を把握できていないだとか、例えばユヴォーシュがどう動くか読めないだとか、例えば《人柱臥処》の入り口が計画実行ギリギリまで調べても分からなかっただとか、そういう問題にどうにか対処してここまでは来れたが。


 ディレヒトの携える聖剣については、どうしても調べ上げることが出来なかった。そのツケが土壇場で回ってきたのだろう。


 いっそ笑えてしまうほどに圧倒的で、なるほど確かに《人界》最強であろうよなと納得せざるを得ない。卑怯だろと物申したくなるけれど───他人のことを言えた義理ではないか。


 だが諦める気はない。ニーオは血を吐く代わりに自らの体温で作った火種を吐き出すと、それを一瞬のうちに業火の域まで練り上げて放つ───彼女の十八番は《紅の槍》。


 当然、《神血励起》も発動している。決して防ぎ得ない火焔が真っすぐ、ディレヒト───ではなく彼が通せんぼしている大扉を貫かんとする。


 避けてみろ、その奥にあるものはオシマイだ!


「お前が───」


 ディレヒトはポーズを解こうともしない。赤々と照らされたその瞳に死への恐れは欠片もない。ニーオは自分と同じ瞳をしていると思った。


 自分自身をその力を信じている瞳だ。


「そうしてくるのは呼んでいた。ならばをぶつけてやればいい」


 当たれば必ず打ち勝つ業が、全く鏡写しの業とぶつかるとどうなるか。双方とも勝つのではおかしい。それでは勝ちとは到底言えず、どちらかが負ける必要があるのだから筋が通らない。ではどうなるかというと、


 


 ニーオの放った《紅の槍》と、それに真っ向からぶつかる軌道の一撃は、どちらも奇妙にうねり乱れてしまう。そのままあらぬ方向へ逸れて破壊を巻き起こすが、どちらも当初の狙いなど達成できようはずもない。


「マジか……」


 ───完全な敗北だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る