265話 火焔葬送その2
「……これが終わったら」
「あ?」
「これが終わったら、お前はどうするんだ? ニーオ」
なんだよ軽口なんか叩いて、らしくねえな───そう答えようとして思い止まる。ニーオリジェラにとっては神殺しは腕試しかもしれないが、シナンシスにとっては自分を殺させることなのだ。思いの丈があるのなら、聞いてやるのが送る側の責務というもの。
とはいえ急に聞かれると困ってしまう。何年もの間、全精力をこの一大事に費やしてきたニーオには他の趣味すらないのだ。どうするかなど考えもしなかった。
「神聖騎士はもうやれねぇしな……。そもそも万事快調うまく運べば《人界》がどうなるかすら分からないだろ。そんなんで予定なんて立てられねえよ」
「残っているかどうかも怪しいからな」
「残っていてほしいか?」
「別に、置いていくものに感慨は湧かないな。残るなら残るで勝手にやってくれ、と思うよ」
その言葉を聞いて、ようやく本腰を入れて考える自分を発見してニーオはくすりと笑ってしまった。よもや去りゆくシナンシスに遠慮して未来のことを考えないようにしていたとは、アタシも案外義理堅いのかもしれない、と。
いざ考えてもそう思いつかない。だからまあ、それが答えだった。
「───そうだな。全部終わってまだ《人界》が残ってたら、その時は信庁から逃げつつ旅でもするよ。お前がいなくなった《人界》にどんな変化があるのか、それとも何も変わらないのか。折角だから《人界》だけじゃなく、他のとこまでゆっくり見て回ってきてやる」
「そいつは無理な相談だ」
「どうして?」
「お前にゆっくりした旅など出来るはずがない。どうせハチャメチャで騒々しい道行きになるに決まっているからな」
「違いない」
二人して笑って、会話が途切れる。相棒の沈黙からいよいよ近いのだなと察して、ニーオも平常心でいるのは難しくなってきた。
足音だけが回廊に響く。やがて曲がり角が見えてきて、
「こっちだ」
「そうか」
会話とも言えないような伝達だけを挟み、二人が出た広間には、
「やっと来たか。ニーオリジェラ・シト・ウティナ」
「───ディレヒト」
剣を床に突き立て、仁王立ちで立ち塞がる神聖騎士筆頭にして《人界》最強の男の姿があった。
そう、これこそは《冥窟》のルーウィーシャニトが打った最後の一手。普通の《冥窟》の主であれば無理であろうと、《信業》と《神血励起》があれば押し通せる。《冥窟》外に待機していたディレヒトを、直接配置して番人とするとまでは予想していなかったニーオは呆然とする。
彼女も祈祷神官としての教育を受けているから、それがどれほどの無茶か分かってしまうのだ。なるほど、だから後半は妨害もほとんどなかったのかと納得もしてしまう。いかなルーウィーシャニトとて《冥窟》制御が鈍るほどの負担となったか───
「お前の名誉は保存される。だがお前の権利は凍結される。神庁の威光のため、お前の声が誰にも届かないよう、お前を破棄することとした」
彼が厳かに告げる声はさして張り上げたわけではないが、構造の妙でニーオの耳にもすんなりと届く。それにはっとして身構えたときには、既にディレヒトは聖剣を真っすぐニーオに突き付けていて、
「神聖騎士の名のもとに、断罪を」
───その刹那、ニーオリジェラはどうして彼が《人界》最強と称されるかを思い知った。
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