263話 混迷臥処その10
ズ、と血をひく音がしてロングソードが引き抜かれる。
メール=ブラウが《信業》で形成していた鎖が一斉に弾けて消える。彼が意識を失ったか、あるいは《信業》を維持できないほど弱っているか。死んだ、とヴェネロンは判断しなかった。急所を過たず貫いているが、それくらいで死ぬようなヤワな聖究騎士ではないという信頼がある。……いや、信頼しているのは聖究騎士という座ではないか。
自ら鍛え、合格を下した優秀な弟子であること。
ヴェネロン・バルデラックスが信頼するのはその一点に尽きる。ある意味では、どこまでも自分しか信じていないのだ。
教えを施していない相手であれば関係のない話でしかない。それでも中にはその見込みがありそうな者もいるにはいるのだが、
「───あんたが、ニーオと組んでるっていう元・聖究騎士か」
「なるほどお前がニーオの言っていた野良神聖騎士───」
その男については、一目見てダメそうだなと直観した。
◇◇◇
《真龍》を千切っては投げ千切っては投げ、バスティとヒウィラを《光背》で包んだままどうにかやり過ごす。通路を抜けた先、開けた空間にいたのは全員(といっても三人だが)血だらけの男たちだった。
───《割断》のロジェス。金髪の青年。二人とも同じ太刀筋で胸を一突きされている。死んではいなそうだが戦えない重傷だ。
もう一人、青年の数歩脇に佇む老人は奇妙だった。身体の前面を血でべっとりと濡らす斬り傷と、肩やわき腹も含めて跡形もなく消し飛んだらしい右腕。それらの負傷をまるで意に介していない。
小脇に抱えた二人から、あらかじめ聞いていた特徴と一致する。つまりこれがヴェネロン───
「───あんたが、ニーオと組んでるっていう元・聖究騎士か」
「なるほどお前がニーオの言っていた野良神聖騎士───」
一目で分かるのは剣の達人であること。断面から滴る血だけで成り立てほやほやと分かる隻腕にも関わらず、立ち居振る舞いには一分の隙もない。もう十年も片腕でやってきたみたいに見える。
あのとき───火柱を目撃して《光背》を仕掛けたとき───真っ向からぶった斬ったのはコイツで間違いないだろう。
今更交わす言葉などない。バスティとヒウィラを背後にまわし、《光背》のバランスを調節する。楕円形に広げて後ろの二人に剣が当たらないようにするためだ。二人を《光背》から出して俺一人でヴェネロンを相手にすることも考えたが、こうして一緒に動いて守りながら戦った方が安全だろう。広げすぎなければさっきみたいに割られることはないと思いたいし、何より背後に回られるつもりはない。
《真龍》を投げ飛ばせるくらいまで身体能力を強化する。《顕雷》を置き去りにした斬り込みをヴェネロンはひらりと躱した。
彼の反撃を、そこだけ厚みを増した《光背》で受ける。ロングソードが防御障壁を斬り分けるバリバリという音が響くが、やはりそうそう破られることはない。俺はニヤリと笑うと魔剣で薙ぎ払う。それも躱される。
───黒い刃は警戒されているのか掠めもしない。遺物ではないかと疑っているのだろう。それが正解なのだから経験豊富な神聖騎士相手などやってられないが、今はそうも言っていられないから連続した攻撃で退路を断っていく。
本当は失血を狙っての持久戦が楽だろうが、今は一刻が惜しい。追い込んで始末してやる俺の狙いを数合で看破して、ヴェネロンは通路に逃げ込んでいく───逃がすか!
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