261話 混迷臥処その8

「……つくづくお前は優秀な弟子だよ、ロジェス。合格だ」


 命は《年輪》のストックで事なきを得たが、斬り裂かれたままの肉体はそのままだ。それを補って活動できるだけの状態を維持するのは容易いことではない───それこそ《信業遣い》と戦うならば、致命的な枷となる。


 だからこそ、彼は、急襲するメール=ブラウの拘束に腕をとられてしまう。


 鉄の環がこすれ合う音とともに絡まり付く鎖は、そのまま凄まじい力で振り回される。広間の壁に叩きつけられても勢いは止まらず、そのまま壁面ですり下ろされるようにして突き進む。


 常人であればとっくの昔に朱の絵具となさしめる勢いに急制動がかかる。ヴェネロンがもみくちゃにされていた体勢を立て直し壁面を踏みしめたのだ。振り回している側のメール=ブラウもそれは予期していたのか、反動につんのめるようなことはない。二人の間にぴんと鉄鎖が張られる。


「お前は聡い弟子だったな、メール=ブラウ」


「いつまでも師匠を気取っているのは痛々しいぜ、《年輪》のヴェネロン」


 同じようなことをロジェスにも言われたな、とは返さなかった。彼が他の聖究騎士を強く意識しているのはヴェネロンもよく知るところで、刺激すればどう出るか読めなくなる。普段ならばともかく胴体をぱっくり斬り裂かれた今はそれは得策ではない。


 万全であっても本気のメール=ブラウとやり合うなら、こちらも本気でいく必要があるのだ。それほど彼の技量は高いし、ヴェネロンも認めるところだ。


 ふと違和感に気づく。普段のメール=ブラウならばところを、一息つくのはない。


「お前も本調子ではなさそうだな。何かあったか?」


「言う必要はないな。ここで吊られるアンタには!」


 無尽の鎖が迸る。大河の氾濫にも等しい物量攻撃にしかりヴェネロンは後退することはなかった。後退すれば逃げ場がなくなる。内側へ踏み込んで距離を詰めなければジリ貧になるばかり。


 うねる鎖の轟音を頭上に感じながらメール=ブラウに接近。胴を両断するつもりで放たれた一閃が何かに弾かれた。


「俺の《信業》は鎖の体現───」


 なるほど、鎖帷子かとヴェネロンは一瞬で看破する。防御を無視して攻撃を徹してくる《割断》のロジェスや《火起葬》のニーオ、《信業》そのものに反応して貪り喰らう魔剣遣いのユヴォーシュには相性が悪いものの、そうでなければ《信業》による防御性能としては最高性能。練達の一閃を完全に防ぎきって、次の一手を保障する───!


「繋ぎ鎖し張り渡す、その神髄をとくと御覧じろ!」


 宙に翳した手に一本の鎖。


 それが通じる先は見えない───いいや違う。


 


 メール=ブラウが振り下ろす。鎖がぴんと張られ、聖究騎士の渾身で引き寄せられたが《人界》に接近して、




 《魔界》と《人界》が衝突しての空間震がいま、再びヴェネロンを襲った。

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