260話 混迷臥処その7

「───馬鹿、なッ」


「お前は実に優秀な弟子だったよ、ロジェス。だからこそだ」


 ロジェスは自分の胸に突き立っているロングソードを愕然と見る。間一髪で急所は避けたが、とても戦い続けられる傷ではない。


 動けるどころか意識を保てるのもおかしい刺突を受けて、それでもロジェスは首を後ろに向ける。向けずにはいられない、確かめずには倒れられるものか。


 そこにいるのは当然、ヴェネロン・バルデラックス。


 二人の他には誰もいなかった広間だ、彼を背後から刺し貫けるとしたらヴェネロン以外にいはしない。そのヴェネロンが即死さえしていなければ奇妙なところは何もない。だが、現実に彼は斬殺されていた。確かに確認したはずだ。


 とディレヒトから聞いていたのに、彼が生き延びているはずがない。


「種明かしをしよう」


 聞かされるロジェスも瀕死だが、喋るヴェネロンも辛そうだ。彼の前身頃はばっくりと斬り開かれたままで、傷口と呼ぶのも憚られる開創からは話している間にも鮮血が漏れ出ている。割断固定の《信業》は作用しているのだ。


「聞いていると思うが、私の《神血励起》は生命の貯蓄だ」


 常時発動のその力は、常に彼の生命力を微量ながら吸い続け、どこか見えも触れもしない所に貯めておくのだという。そうして貯めて貯めて、一年貯めたその生命力は、《信業》によって一回分の命としてストックされる。


 あたかも大樹の年輪のように、命を幾重にも重ねることで強みを得る。


 それが彼の《神血励起》。


 《人柱臥処》に潜るより前に、ロジェスはディレヒトからその全容を聞いていた。ディレヒトは神聖騎士筆頭として委細を聞いていたから、反乱にヴェネロンが加わっていると分かった時点でそれを黙っている理由は失われる。


 だがそれは既に失われているはずだった。


 存命中に現役を退いた聖究騎士ということで、彼からは神血は失われている。当然その恩恵も喪失しているはずで、ただ一個の命しかないと判断していた。その上で念の為、蘇ってこないかを確認したのに。


「ディレヒトがお前に嘘をついたわけではないよ。嘘をついたのは私だ」


「な、ん……だと」


「といっても些細な嘘だがね。本当は、《神血励起》は命を集めてストックするまでが領分だ。一年に一個の蓄積はできなくなったが、私にはまだ聖究騎士であった頃のストックが残っている」


 失血でくらくらする頭でも計算くらいはできる。ヴェネロン・バルデラックスが聖究騎士に任ぜられたのが十六であり、引退したのが五十七。戦い続ける人生でそれなりに《神血励起》のストックを使ったことがあるだろうが、それでも多ければ四十近い命のストックがあるというのか。


「クソ爺……」


「済まないね。ロジェスだけを相手にしているわけにもいかないんだ」


 剣が引き抜かれる。失われていく血液を《信業》で補充しながら、ロジェスは、それでもヴェネロンにつけた傷痕の《信業》を解除しなかった。

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