259話 混迷臥処その6
《信業遣い》としての戦い方を叩き込んだのはヴェネロン。
そういう神聖騎士はごまんといる。それこそ、今の世代は全員そうなのではないかと思うくらいには多い。祈祷神官あがりのルーウィーシャニトやニーオリジェラですら、運用面でのレクチャーを一通り受けているはずだからもしかすると本当に全員ということもあり得るだろう。
ロジェスのように武器までを同じくしている神聖騎士ならば、それこそ骨の髄まで鍛えられたと言っても過言ではない。
大魔王マイゼスとの戦いを経て、ロジェスは壁を一枚超えたと思っている。
それと同時に自らの手で重傷を負いはしたが、それも今や完治しつつある。ついさっきも《翼禍》の魔王を相手取って悠々とその翼を斬り落とし、とても《人界》を侵攻するなど考えられないように痛めつけてきたばかり。ヴェネロンを敵に回しても恐れはない。
にも関わらず。
「ッ───」
「どうした、その程度か!」
攻めあぐねる。
歯噛みしながらロジェスは思う───その程度なのはそちらの方だ、と。
歴戦の騎士、当然その力量は認めている。なるほど並みの神聖騎士であれば勝てないであろうことは分かる。だが随所に衰えを感じられるし、彼は既に聖究騎士ではなくなっているし、力量差も明白だ。《鎖》のメール=ブラウのようによほど何か別のことに気を取られていたり、ヴェネロン相手に全力を出していなかったりすれば話は別だが、基本的に聖究騎士ともあろうものが負けるはずはない相手だ。
そしてそんなことはヴェネロンも承知の上だろうに。
どうして一対一を受けたのか? そんな疑問がつきまとって離れない。確実な戦いをしたいのであれば一対二の状況を維持すればよかったろうに、あえて誘いに乗ったのは裏があるとしか思えない。警戒しつつ、しかしいつまでも中途半端な斬り合いを続けるのは自分好みではないというだけの理由で、ロジェスは相手の企みに乗る道を選ぶ。
バスタードソードが、古めかしいロングソードを弾く。がら空きの正面を全力で斬りつければ、骨から内蔵から何からすべて、ばっさりと割かれたのが手応えで伝わってくる。
ロジェスの斬ったものは繋がらない。彼が極めんとしている斬るという概念において、ひとたび分かたれたものが元の通りに戻るのは即ち彼の敗北と扱われる。そんなことは断じて認められないから、概念レベルで斬った状態を固定して治癒を妨害し続けるのだ。
「ぐ、───見事」
治癒不能の致命傷を負えば、いかな《信業遣い》であれ絶命は免れない。ヴェネロンもまた、総身を自らの血で真っ赤に染めながら膝をつき、前のめりに倒れ伏した。
「…………」
それを見下ろしながらロジェスに感慨はない。ヴェネロンの世話になったことも、ヴェネロンが信庁を裏切ったことも、どちらも彼の中では片付いた出来事の一つでしかない。ヴェネロンを斬り殺したことも、今また同じ済んだ出来事として仕分けされるだけだ。
師というものを斬ったのは初めてだが、それほど足しにはならなかったな。なら次はやはり───正真正銘、現役のうちに聖究騎士を斬りにいかないと。
ロジェスはヴェネロンが死んでいるのを確認すると踵を返し、
数歩も歩かぬうちに、師と同じように膝をつく。
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