258話 混迷臥処その5
ニーオの周囲を廻転していた火球たち。そのうちの一つが円軌道を外れて床に触れると、瞬く間に彼女の周囲が炎上する。ニーオの《信業》は火焔の支配、こうすることで自らの有利な環境を構築するのはロジェスもよく知っている。
だから組み上がる前に斬って捨てる。
《刃圏》を纏って吶喊する。ただの火災ならば現象としての強度が足らず一瞬でかき消えるはずだが、奇妙な粘り強さを見せて耐えるあたり既に手が入っている。……構わない。本命はニーオの首であり、周囲の炎が消えずとも《信業遣い》の命を奪えばそれで終いなのだ。
回避しようとするニーオの動きを読んで、逃げた先に白刃が届くように。白兵戦の間合いであればロジェスの方が速い。遠距離の間合いを得手とするニーオも、その割には動けているがこれで───
身の毛のよだつ感覚にロジェスは飛び退いた。
ロジェスの動きを更に読んで、ヴェネロンの剛剣が待ち構えていたのだ。あのままニーオを仕留めようと踏み込んでいれば、先に首を落とされていたのはロジェスの方。
「よく動けている。病み上がりとは思えない」
間合いをとられたヴェネロンがそう評するのを素直に聞いているわけにはいかない。広げた火災を手足のように操って、ニーオの槍が立て続けに飛来する。それを斬り落とす。
まだ全力ではない。ニーオがその気ならば、今の《紅の槍》は防ぎ得ない。当たるか当たらないか、当たれば一切を焼尽せしめる《神血励起》の御業。
どちらが上か、真剣勝負といきたいところだがそれにはヴェネロンが邪魔だ。一対二でも負けるつもりはないロジェスだが、それで満足いく戦いが出来るかどうかでいえば話は別だ。
剣を構えたまま暫し黙考する。結論はすぐに出た。
「───行くなら行け、ニーオリジェラ」
「へえ? いいのかよ」
「とぼけるな、ハナからそのつもりで来ているくせに」
ロジェスとしてはニーオとやりたいが、そうなれば一対一では戦えない。必ずヴェネロンが割って入ってくる。それでは彼好みの戦いにはならない。どうせなら邪魔の入らない真剣勝負がしたいから、そうなると先を急ぐであろうニーオを見逃してヴェネロンだけを相手に回す方がいいという独断だ。
「もとより逃がす気はない。片付いたらすぐに追いついて斬るまでの話だ」
「おやおや、弟子に見縊られるとはな。いつからそんな大口が叩けるようになってしまったのやら」
口ぶりとは裏腹に楽しげに、ヴェネロン・バルデラックスが一歩前へと踏み出す。ニーオはそれ以上どちらへも声をかけることなく、広間を迂回してロジェスの背後にある通路へと消えていった。
師弟は全く同じ構えで相対する。
「さあ魅せてくれ、我が弟子よ。以てこれを最終試験とする」
「いつまで師匠面をしているつもりだ。あんたこそ、せいぜい楽しませてくれよ」
それだけの会話を交わすと、二人の姿が消失した。
次の瞬間、広間の中央で何かと何かが激突する。衝撃波だけが、彼らが戦っているのを示す唯一の傍証だ。
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