255話 混迷臥処その2

 俺は降下を中断して上方へと向き直る。いかなる人工物よりも壮麗なアーチが、見上げた視界の端から端まで続いている───いくらなんでも、この短期間にバカでかくなりすぎだろう!


 全くだから《真龍》は嫌いなんだと呟いて、


「ヒウィラ、あの首に一発ぶっ放せッ!」


「そんな急に言われてもそうそう撃てません!」


 ヒウィラの《信業》は応用がきくところはあれど、こういうときに不自由だ。欲しいオモイは怒りなのに、彼女を占めている感情は驚きが中心なのだろう。その気持ちは俺も共感できるからこそ、ままならなさに歯噛みする。


 《真龍》という大質量の生命体を相手にするならば、範囲に対しての破壊力が求められる。ヒウィラの嚇怒やニーオの火焔の槍がそれで、まさにこういうときこそ幼馴染の協力が欲しいのに、よりにもよって当のニーオがこの事態を引き起こした元凶と来ている。


「アイツ本当に碌なことしねぇな!」


 《光背》をアルルイヤに喰わせての反転は使えない。《信業》の制御を魔剣に明け渡すことになるから降下ではなく落下になってしまうし、そうなるとヒウィラとバスティは必然空中に放り出されることになる。


 ───そもそも魔剣アルルイヤ、これを《人柱臥処》で抜いていいものか。俺にはそんな躊躇もあった。


 《鎖》のメール=ブラウとの交戦で知った事実。魔剣アルルイヤに斬られた相手は常ならぬ苦痛に襲われる。


 この魔剣は《信業》を喰らう。それに対して《人柱臥処》は、聖究騎士ルーウィーシャニトによって維持されているが……そこに《信業》が一切用いられていないとは考えにくいのだ。どう作用しているか分からないが、魔剣が《冥窟》に多少なり悪影響を及ぼす可能性は捨てきれない。ここで振るえば、斬られるのは《真龍》のみとは限らない。空間すべてがルーウィーシャニトの支配下にあるなら、それすらまとめて斬りつけてしまうとしても不思議ではない。


 ルーウィーシャニトもそうなれば俺たちを見逃してはくれなくなるだろう。今はニーオたちと《真龍》という差し迫った危機があるから俺たちを放置しているだけで、危害を加えるとなれば敵と見做される。そうなれば探窟の難易度はハネ上がる。ニーオに追いつくことだけを考えるなら、魔剣を抜くのはリスキーだと分かってはいる。


 それでも悠長なことは言っていられない。


 暗闇の中で発光しながら降下する俺たちに《真龍》のうちの一体がついに気づいた。首をもたげ、一気に襲い掛かってくる。その牙が《光背》に突き立つ。ぎしぎしと音を立てて《光背》が軋む───このままだと幾ばくもしないうちに破られて一巻の終わりだ。


 ───仕方ない。できれば《冥窟》の主とは敵対したくなかったんだが、死ぬよりはマシだ!


 《光背》を卵の殻のように割り砕こうとする《真龍》の上顎目がけて魔剣を突き出す。その身体を構築する《信業》を喰らってアルルイヤが発した黒い《顕雷》に、《真龍》はこの世ならざる絶叫を上げた。

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