250話 人柱人神その4
「ニーオを止める。そのために《人柱臥処》に突入する。《光背》を展開したままで飛び込むから、二人とも絶対に離れるなよ」
《信業》を発動して展開した絶対安全圏にバスティはすぐに入ってきたが、ヒウィラが躊躇している。彼女は《光背》からあと一歩のところで自分のつまさきとにらめっこして、何かに踏ん切りをつけて顔を上げた。
「その前に、ユヴォーシュ。……聞いても聞かなくても行くというのなら、話します。黙っていては追いつけないでしょうから」
「いいのか?」
この流れで『話す』とくれば、それはニーオの話題以外にない。あれだけ渋っていたから教えてもらえないことは覚悟していたが、直接ニーオと顔を合わせた二人から話を聞けるならこれ以上ありがたいことはない。何せ俺は、聖都に来てから彼女と遭遇してもいないのだ。
ヒウィラはじろり、と横目で俺を睨む。
「良くはありません。ですが仕方ないでしょう。貴方が強情なのが悪いんです」
「へーへー、そうだよ俺が悪うござんしたよ。それで、じゃあ遠慮なく聞くが、あいつは何をしようとしているんだ?」
軽口を叩く裏で腹を括る。ヒウィラがあれほど引き返させようとしたほどの理由があるはずだからだ。俺はぐっと身構えて、ヒウィラも話し始める準備に息を吸い込んで、
「───神殺しだよ」
横合いからバスティの一言にブッ刺された。
あまりに衝撃的で浮世離れしている。とても信じられない。ヒウィラに張られたときと同じようにぽかんとしてしまって二人の会話が遠い。
「ちょっとバスティ、今は私が話しているでしょう。割り込まないで」
「黙っていたのはキミへの義理立てでしかないからね。キミが喋るならボクも喋る、当然だろう」
「順番というものがあるでしょう。義理立てというならそのくらい弁えなさい」
───決定的な台詞を奪われたヒウィラがバスティに抗議し、バスティがそれをのらりくらりと躱している。それでようやく現実感が戻って来た。ここで俺が呆然としていても何も動かないという動かしがたい事態も、同時に認識する。
「……ああもう、いいよ、いいから早くしてくれ。こんな目立つ場所ですったもんだやってられる時間なんてほとんどないんだぞ」
ヒウィラは釈然としないながらも話を本筋に戻すことにしてくれたらしい。分かりました、と相槌を打つと、
「……彼女の目的は言った通り神殺し、正確には占神シナンシスの神体の完全破壊です」
驚くべきだ。理性はそう叫んでいるが、感情は
「───シナンシスはニーオと同行してるんだろ? それがどうして《人柱臥処》に潜る必要が出てくるんだ」
「ボクと違って、シナンシスの義体には神体は組み込まれていない。彼の神体は《人柱臥処》の最奥に鎮座しているんだよ、ユーヴィー」
バスティとシナンシスの義体はどちらもカストラスの手によるものだが、神体を内蔵いるかどうか違うなんて知らなかった。つまりバスティは直接動かしているがシナンシスは遠隔で動かしているのか。そんな分析をしているころにやっと感情が息を吹き返してきて、パニックに陥りそうになってくる。
「いや、でも、何でそんなシナンシス殺しなんて……」
そこまで口を衝いたところで、俺はそうじゃないと気づく。理由は当人を止めた後でも聞ける。問題はそれより───
「……待てよ、神を───小神を殺したら、そんなことをしたら一体どうなる。シナンシスを信仰している人族は……!」
《魔界》を統べる魔王を失った魔族があのザマだったんだ。それ以上に信仰を集める《人界》の拠り所、小神シナンシスが隠れればその精神的ダメージは計り知れない。
最悪の場合、信徒すべてが発狂して自死する可能性すらあるんじゃないか? そう考えた俺はしかし、《人界》のことを何も理解していなかったと思い知ることとなる。
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