249話 人柱人神その3

「合流は宿……だとマズいな。地下墓所カタコンベも待ち合わせには向かないし、とにかく先にディゴールに戻っていてくれ。俺も何があっても帰るから」


「は?」


「三日経って戻らなかったら屋敷も捨てて逃げてくれ。そんときはヒウィラ、バスティのことを───」


 振り向いた瞬間に猛烈な衝撃が俺の頬に炸裂した。張られたと分かったのは数瞬あとで、それでもどうしてヒウィラが手を上げたのか理解が追いつかない。まさかそんなことがあると思っていなかったから《光背》の展開なんて全然できず、その一撃は華麗に炸裂したのだ。


 こういう時は《信業遣い》でも無防備で無力なのだと思い知る。どれほど力があったって、予想だにしないことには対処もできず固まるばかり。


 俺は傾いでいた身体を真っすぐに戻してぼんやりとヒウィラを見る。ようやく遅れていた痛みがじんじんと頬で主張を始めた。


 ヒウィラもヒウィラで、肩を上下に大きく動かしているばかりで何も言葉を発さない。感情に言語化が追いついていないのだろう。……今のが平手打ちではなく《信業》だったら、俺はきっと消し飛んでいたな。ともすれば髑髏城のときの鬱憤晴らしと同じかそれ以上の威力が出てたんじゃないだろうか。


「いいぞいいぞ、もっと入れてやれ。十発でも二十発でも、この朴念仁が理解するまで叩き込んでしまえ」


「煽るなバスティ! …いや、でも、すまん。そういうことなのか?」


 俺はてっきり、二人はこれ以上聖都ここに留まっていたくないもんだと思っていた。神聖騎士たちがウロウロし、ニーオとまで遭遇してしまったんだから無理もない話だろう、俺の我儘に付き合わせる気はないから一足先に安全圏に退避してもらおうと考えていたのは、もしかして全くの見当はずれだったのか?


「俺は勘違いをして、何にも分かっていないことを───」


「黙っていて下さい、バカ!」


「ばッ───」


 バカ。あまりにも率直すぎる物言いに、俺は完全に返す言葉を失った。もしかすると先のビンタよりも衝撃だったかもしれない、それくらい脳がぽかんと空白に陥った。


 あのヒウィラが。影武者とはいえ姫を演じていた、いやむしろ影武者だからこそ本物の姫よりも姫らしく上品であれと叩き込まれているであろうヒウィラが、バカ。バカと言ったか、今。そこまでのことをしたのか俺は。何だかすごい罪悪感だ。例えるなら綺麗な一張羅を泥濘に落としてしまった気分。あのヒウィラが……。ヒウィラが、バカって……。俺に……。


 俺が固まってしまい、ヒウィラもそれ以上言葉にできないままあえいでいるのを見かねて、まだ理性的なバスティが助け舟を出す。


「いいかいユーヴィー。ディゴールの屋敷も他のどこだって、キミの傍よりも安全な場所があるものか。よく考えてもみ給え、さっきもそうやって君一人で突っ込んでいって、やっと合流できたばかりなんだよ? それをまた別行動しようと言ってはいそうですかと言えると思うかい?」


「…………いや」


 至極わかりやすい解説に、俺はぐうの音も出ない。ヒウィラも内心を簡潔明瞭に言語化されると気恥ずかしいのか、顔は赤くなったままだがそっぽを向いている。どうやら少しは落ち着いたらしい。


「……そうなのか、ヒウィラ」


「……いいですか。貴方は私の命を拾ったのですから、それについて責任を持ちなさい。勝手に《人柱臥処》とやらに出向いて私の目の届かない場所で野垂れ死んだりすることは、貴方には許されていないのです。そのことを、今一度しっかりと胸に刻みなさい。いいですね?」


 つんとお高くとまったお姫様の体を保とうとしているけれど、彼女の瞳は潤んでいた。俺が馬鹿なことを言ってそうさせてしまったのだと痛感して、彼女が泣くようなところは見たくないし、きっと見せたくないだろうと思って俺は深々と頭を下げる。


「悪かった。二人のことは俺がきっちり守るから、一緒に来てくれ」


「分かりました」


「当然だね」

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