246話 神意神殺その10
ユヴォーシュの《光背》が炎を押し流していく。
ニーオのものもヒウィラのものも一緒くたに洗い去るが、ニーオはこれが“ヒウィラを保護するための《信業》”と判断する。これに触れれたくない、弾かれるにしても取っ捕まるにしても感知されるだけにしても、今はまだ。
「チ、悠長にし過ぎた。最後に一発、とっとけ!」
《心血励起》した状態の一撃なら、矢弾ほどの一発でも《光背》を貫いてヒウィラを撃てる。そう考えて人差し指を向けて───その先に誰もいないことに仰天した。
「アイツどこ行ったァ!?」
一瞬なり光に目を奪われたニーオと違い、ヴェネロンは見ていた───ヒウィラとバスティまでもが見えなくなる一部始終を。
ニーオの視線が自分たちから外れた瞬間にヒウィラがあたかも外套を広げてみせるような動作を取ると、二人の姿が覆い隠したように消えたのだ。心象の発露、その色は“不安”。
あの一瞬でヒウィラは思考を切り替える。目前の危機から全力で目をそらして、ユヴォーシュの将来の展望のなさに思いを馳せる。《魔界》を旅して《人界》で過ごした期間は決して長いとは言えないが、その期間で彼の人となりは大まかに理解したつもりだ。後先考えず自分を拐かしたように、これまでもこれからもきっと彼は自由闊達に好き放題をするのだろう。今は辛うじてうまく回っているが、いつか踏み外した時に大丈夫なのだろうかという気持ち。
恐怖には明確な対象が存在するからそれを遠ざけるための領域を広げるが、不安には現実的な形は存在しないからそれでは不適切となる。導き出される感情的な解答は逃避であり、逃げるためには姿を隠せばよい。裏を返せば、彼女は《信業》で隠密をしようと思ったらいつでも不安感を抱かねばならないのだ。
どうしてこんな一手間かかる形質にしてしまったのか、という後悔は今はしてはならない。
「───あの娘の《信業》、だろうな。いやはや応用力たるやすさまじいな」
ヴェネロンが取り巻きの神聖騎士たちを蹴り込んでから回り込んで、剣一本で光の波濤を受け止める。
「これ以上は余計だろう。余力は温存しておきたまえ、これから《人柱臥処》へ踏み入ろうというのだよ」
その言葉に名残惜しげにしながらもニーオは門へと飛び込む。振り返った時には未練を断ち切り、視線だけで人を刺し殺せそうな真剣な表情に切り替わっている。この先は戦場ですらない、いわばルーウィーシャニトの掌の上なのだから。
それを見送りながらもヴェネロンは《光背》を片手で推し止めていた。膂力は並の神聖騎士とは比べ物にならない。注がれた神血はもうなく、聖究騎士としての特権行使は不可能なはずだがこの出力。何か裏があるのか、あるいは歴戦の古強者ゆえの経験の重みか。びくともせず光の大波を片腕で支えていた彼は、ふっと破顔する。
「───やれやれ、やはり君の言う通りかもなニーオ。私は結局、教えるのが好きらしい。これほどの《信業遣い》がどの域まで届くのか、見届けたくなってしまうのは宿痾というよりない」
服の上からでも腕の筋肉が膨れるのが見てとれる。いいや見えはしない、目にも止まらぬ剣速だ。振るった一閃は《光背》を両断し、その勢いを相殺する。
「君も来るといい、神聖騎士ならざる《信業遣い》よ。その力を魅せてくれ」
再来する《光背》は追いつけない。ヴェネロン・バルデラックスもまた、《人柱臥処》へと姿を消す。
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