243話 神意神殺その7

「───だから、貴方はそんなことをするの?」


「そうだよ。理解できたか? 一から十まで全部説明してやったんだからしてくれないと困るが」


 ニーオリジェラが先導して到着したのは一見ただの倉庫だが、とある扉を開けた先にはどうみても倉庫の中にあるには似つかわしくない厳めしい通路が現れる。


 この先、一歩踏み出せば《人柱臥処》。ニーオがすべてを語り終えたのは、ちょうどそのタイミングだった。


「そうか……。シナンシス、キミは運命の相手に出逢ったんだね」


 バスティは深く感じ入った様子で頷いているが、ヒウィラはとても感動している場合ではなかった。


 ニーオが語った真実、《人界》と小神、そして聖究騎士の関係性。それら全てを受け入れるには時間が足りな過ぎた。半ばパニック状態の脳をどうにか落ち着かせ、疑問点を整理する中で一つ───どうしても見逃してはいけないと感じた部分。


「ニーオ、貴方はどうしてユヴォーシュを呼んだの?」


「呼んだっつーと、ああ、墓参りか」


 彼女が計画して起こしたこの一連の事件と、彼女の手紙で帰郷することとなったユヴォーシュが無関係であるはずがない。何か意図があって事件にカブるようにユヴォーシュを呼んだはずで、そのくせバスティとヒウィラには接触するくせに当のユヴォーシュを探している様子は見られないから違和感があった。幼馴染という関係にかこつけて、彼を手伝わせようとしているのかと思ったのは見当違いだったのか?


 果たしてニーオリジェラはあっさりと予想を外した答えを返してくる。


「アイツは囮だよ。野良《信業遣い》がいれば信庁の目はそっちによれる。目くらましとしてはうってつけだ。───それに」


「それに?」


「見せたかった。ユヴォーシュに思いもよらないようなことを、やってみせつけてやりたかった。……それが一番の理由だな」


 呼吸すら忘れる、それほどの衝撃だった。


 それだけのために。そんな子供っぽい理由だけで、昼夜を狂わせ魔族を引き入れ神殺しのために《冥窟》に踏み入ろうというのか、そこに幼馴染を巻き込んで命の危険に晒して平然としているのか、この狂人は。ヒウィラは戦慄する。ニーオリジェラ・シト・ウティナは彼女の尺度で測り得ない度し難さを軸としている。そしてその軸は、真っすぐにユヴォーシュを向いているのだ───彼女の恩人へと。


「さあ、行くぜ。ここから先は驚異の世界、ルーウィーシャニトと神々が引きこもる《冥窟》だ。踏み荒らすのにこれほど胸躍る場所は《人界》に他にありはしな───」


「悪いけれど、そうはいきません」


 ヒウィラはユヴォーシュを思い出しながら告げて、己の《信業》を全開にする。炎熱の世界が顕現し、《冥窟》への入り口を隠していた倉庫が一瞬にして炎上する。


 常人ならば呼吸すら奪われるような極限環境の渦中でニーオは平然としている。ヒウィラをせせら笑って、


「今更逃げようってか。決断が遅すぎたぜ、ヒウィラ」


「いいえ。


「へえ?」


「あの人は馬鹿なんです。余計なところにばっかり気を回して、受け止める必要なんて全然ない想いまで真正面から受け止めようとして、できるはずのなかったことを悔いて。そんな彼が、貴方に振り回されるなんて道理に背きます。彼はきっと貴方のことも止めようとして、酷く傷つく。だから───」


「だからアタシを殺そうってか、あのバカのために。魔族が人族のために」


「関係ありませんよ。人族が人族を傷つけんとしているのでしょう」


「そうか。そうかもな……。ふ、ふふふふふ、ははははは」


 人族が《人界》に反旗を翻し、神を殺す───土台倒錯したシチュエーションなのだから、当たり前を説くほど無益なこともない。ニーオは理屈ではそうだと理解しながらも、しかし胸中の狂暴な熱をそれっぽっちでは静められなかった。するとどうなるか。自然な話、彼女個人に収まらない熱は彼女を衝き動かす。


「───ふざけんなポッと出が、何の権利があってアタシとアイツの積年を邪魔するんだァッ!」


「権利なんて関係ない、私は自由意志でこうしているんだッ!」


 灼熱が激突する。

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