236話 神意神殺その1

 それにしても神殺しか、と考える。


 よりにもよってニーオが。あるいは、彼女だからこそ考えたのだろうか。


 ───ニーオリジェラ・シト・ウティナ。占神シナンシスと直接契約した聖究騎士。


 小神との直接契約など、彼女とあとは機神ミオトと契約した《指揮者》ガムラス・ガグス・ギルフォルトくらいのものだ。ガムラスが極めて特殊な例であることを考えれば、唯一無二と言ってもいい。


 占神シナンシスは、今でこそ義体を操り好き勝手歩き回ってはいるが───ニーオと出会うまでは《人界》との接触をほぼ完全に絶っていたのだ。


 いいや、シナンシスだけではない。機神ミオトを除いた八柱は《人界》に干渉しない。彼らの心臓たる神体はとある場所に隠されているが、そこに彼らが宿るようなことはない。彼らの意識は《人界》をとりまく《大いなる輪》に溶けて拡散しきっており、個体の自我というものは残っていないのではないか、とある研究者は自著で述べ、その後逮捕された。彼の行方は杳として知れないが、それは今どうでもいい。


 神聖騎士の中から聖究騎士を選ぶというのも、実態は当代の聖究騎士たちが推挙したのを小神が拒否することは史上一度たりともない。ヴェネロンの後継を決められないのは小神が拘っているからではなく、彼を上回る神聖騎士が出せないという神庁側の問題でしかない。


 極めて雑かつ不敬な表現をあえてすれば、彼らはでしかない。その例外がシナンシス。


 シナンシスだけはニーオと出会い、彼女に何かを見いだして独断で彼女を聖究騎士に選んだ。それゆえ彼女を組織に組み込むことは難しく、アンタッチャブルな存在はそのまま遊撃の騎士となったのだが、こうなってみれば全てが過ちだったと思えてくる。


「神殺しが目的として、ただ殺したいだけということはないだろう。……君でもない限り」


「はて、何のことでしょう」


 すっとぼけるロジェス。ディレヒトもとぼけていると分かっていても指摘はしない。少し前にも考えてしまった通り、状況は最悪だからだ。


 空の異変に対する初動で、《無私》のンバスクが重傷を負って回収され───今日中の復帰がギリギリと言ったところか。《鎖》のメール=ブラウも独自に動いているのか呼びかけに応えない。《醒酔》のナヨラもいつが醒めるか不明なのだ。


 そして機神ミオトと《指揮者》ガムラスは信庁の命令系統から独立して動いている。


 現状で動けるのは《灯火》のディレヒト、《割断》のロジェス、そしてニーオの目的が神殺しの場合だけは、《冥窟》のルーウィーシャニトのみ。


 それだけの戦力で、山積する敵に対処せねばならない。


 空の異変を起こした元凶。これについては何も掴めていない。ニーオかもしれないし、そうではないかもしれないが───おそらく彼女ではないだろうとディレヒトは踏んでいる。彼女は魔術の心得はあるだろうが、あそこまでの大儀式を行えるほどではなかったはず。異変発生時のアリバイについては《信業遣い》だから絶対ではないとはいえ、それも大魔術の行使を遠隔で行うのは難しいという点からしても信じていいだろう。そうなるとやはり協力者がおり、そいつは未だ野放しとなっている。


 巻き起こされた異変の後始末もしなければならない。ロジェスが実力者はあらかた始末し、魔王も片翼を斬って墜としたというから過度の警戒は不要とはいえ、《人界》に取り残された《翼禍》は排除しなければ。


 目下最大最悪の問題は、神殺しを目論むという《火起葬》のニーオと、それに協調しているらしい《年輪》のヴェネロン。魔王相当者が約二名、信庁に対して反旗を翻している。役職なしヒラの神聖騎士も複数名が彼女らに賛同していると報告を受けているため、彼らの鎮圧も必須だ。


 挙句の果てに《真なる異端》と目される野良《信業遣い》───《光背》のユヴォーシュが偶然か必然かこの聖都に来ている。ンバスクの意識が回復していないから証言をとれないが、彼をそうせしめたのはユヴォーシュであろうとディレヒトは見ている。ニーオの幼馴染ということもあり彼女に共鳴する可能性も捨てきれない。


 いざとなれば、。ディレヒトはそう考えて億劫になる、は実に使い勝手が悪いのだ。この───は。


 ディレヒト・グラフベル。神聖騎士筆頭。彼は事ここに至っても、ニーオが神殺しを為せるとは微塵も思っていない。どこまで被害を抑えられるかを心配しているだけで、彼は負けることはないと確信している。


 ───彼こそが信庁であり、彼こそが神聖騎士であるがゆえに。

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