237話 神意神殺その2

「ロジェス。何故彼女が神殺しをすると決めるに至ったか、動機は聞いていないのか?」


「いえ。生憎とそこまでは」


「そうか」


 ならば推察するしかない。彼女と対峙すれば問答など交わしている暇はなく、全面戦争の幕が切って落とされることは火を見るより明らかだ。その時に予想もしなかった理由で動いている彼女が取る行動もまた、予想がつかない可能性が高い。ならば今のうち───準備中に思考を掴んでおきたい。


「彼女は神を擁している。小神シナンシス」


「《人界》に現れる二柱のうちの片割れ。彼女に随分と入れ込み手を貸しているようですね」


 聖都イムマリヤを当てどなく彷徨っていたように見えたヴェネロン。彼と会敵し、重傷を負いながらも生還した神聖騎士の証言からシナンシスの義体が同行していた事実は割れている。ディレヒトにとっては頭の痛い事実だ。


 彼の行動を信庁が縛ったり裁いたりすることはできない。信庁とはあくまでも神々から《人界》統治の権限を授かっているに過ぎない。実際には神がどうのこうの言ってくることはほぼないし、信庁が《人界》を統治できるのは神聖騎士と呼ばれる《信業遣い》たちを抱えているからだが、建前上は神授の構えである。


 そこが揺らげば、権威も揺らぐ。信庁は奸賊であり、神のもとに《人界》を取り戻せと主張するような輩も出てくることだろう。


 今回の一件、最悪のパターンはシナンシスが強固に命令したことが発端の可能性だ。その場合、神にたてつく信庁の図式は揺るがないものとなってしまう。それでも信庁には《人界》を守護するという責務があり、乱心した神を止めなければならない。だからディレヒトは、シナンシスの目撃情報を持つ神聖騎士を一時的にいる。事態がどう転がろうとも、最終的に自分のところで止められるように。


 問題はどう転がるか。


「シナンシスの命令だとして───考えられるのは何だ? ロジェス」


「そうですね。思い出すのはマイゼスあたりですか」


「大魔王───《魔界》インスラ統一王か。他の八柱を鏖殺し権力を独占したというが、シナンシスも同じことを狙っていると? ───馬鹿馬鹿しい。



 魔王相当者とか小神相当者とかいうが、その実態は魔王と小神で大きく異なる。《魔界》の魔王の座には民草の信仰を背負う責務と、君臨者としての特権の両方があるが───《人界》ではそうではない。信仰の小神と特権の聖究騎士で分かれている。小神が他の小神を排しても信仰が一極に集中するだけだ。


 そしてディレヒトもロジェスも、小神がそんなものを求めないのは知っている。


「ならば考えられるのは?」


「一つだけでしょう。ニーオリジェラが誰を殺したいのか、という話です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る