235話 大罪戦争その17

「───神殺し、だと?」


「そう言っていました」


 臨時で設置された対策本部の奥の机で、ディレヒトはどうにか叫び出さなかった自分を誇りに思った。


 今も広い室内には複数の人間が行き来している。こんな場所でこんな内容を口走れば、パニックは免れない。それほどまでに悍ましい、想像することすら不敬の極み。


 それが神殺し。


 《人界》では、思想を持つだけで無期刑、計画を立てれば即死刑確定の大罪。これより重い罪は、《真なる異端》に関するものだけ。人が裁くべき罪としては最悪と言えよう。


 それをニーオリジェラ・シト・ウティナ───聖究騎士《火起葬》のニーオは企てているという。そう告げてきたのは、同じ聖究騎士のロジェスだった。


「なぜそれを知っている。いつどこで聞いた!」


「さあ、どこだったか……。もう覚えていないくらい前に、雑談でそう言っていました」


 しれっと答えるロジェスだが、もちろん大嘘だ。


 彼がこの計画を聞いたのは探窟都市ディゴールのある夜───共同墓地“忘れじの丘”で、ニーオとユヴォーシュが激突した後、二人でした会話の中でだ。


『なあロジェス・ナルミエ───小神殺しに興味はないか?』


 あのとき、ニーオはそう言ってロジェスのことも計画に引き込もうとした。ロジェスも自覚しているが、彼と彼女は似たところがある。だからそういうを餌に誘えば、乗っかってくるだろうと思ってのことだ。


 誤算はいくつかあった。


 一つは、ロジェスは熱心な方ではなかったが、彼女ほどに信庁への帰属意識が薄くはない、ということ。信庁所属の神聖騎士という立場はそれなりに便利であり、しがらみも多いが、それを上回る程度には有益だと判断した。


 二つ目。彼はニーオに誘われるよりも前にユヴォーシュに出会ってしまっていた。口に出すことはしないが、彼の素質と成長度合いに誰よりも期待しているのは彼である。熟せば至高の味になりそうなユヴォーシュを前にして、小神で。斬ってしまえば信庁を敵に回してしまうから、本当にが来るまで手出しをするのは早計だ。


 三つ目。ニーオとロジェスは似ている。似ているからこそ、彼女は決して神殺しの役を譲らないだろうと直観したのだ。ロジェスが『神を殺すならば自分の手で』と考えているように、きっと彼女もそう考える。考えて計画を組み替えロジェスを脇役に配する。それくらいならば敵に回った方がいい。


 ───四つ目。そう、ある意味でこれが最も比重を占めているのだが、




 ロジェスは斬ってみたかった。


 彼女が神殺しを目論めば必然的に信庁と敵対することとなる。そうなれば彼女を斬る大義名分も立つ。あんな下準備の段階で告げ口をして台無しにするくらいなら、きっちり大罪人まで登り詰めてくれ。そして俺の獲物となってくれ。


 そう考えて、ロジェスは誘いを辞退した。ニーオも箝口を請うようなことはしなかった。分かっていたのだろう、彼が密かに自分を狙っていると。その上でことを起こしたのだから、これは彼女からの挑戦状に他ならないとロジェスは断定する。


 俺が斬ってやらねば可哀想だ、と。


「詳しい話は聞いてません。俺も冗談だと思って聞き流していたので」


 一刻も早く彼女の元へ向かわなければならないと考えながら、口から出任せを並べ立てる。本来であればそんな言い訳が通用する罪ではないのに、しかしディレヒトは今ここで彼を処断したらどうなるかを計算してしまう。


「……分かった。もういい、この件については後で話そう」

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