226話 大罪戦争その8
───致命傷だ。そうでなくても、これで決着。
彼の攻撃は自分には届かないから、まだ抵抗できるようなら滅多斬りにすればいい。動けなくなるまで刻んで、それからディレヒトさんに引き渡せばいいだろう。ンバスクはそう考える。
死んではいない。命令は確保で、目的としては証言を引き出すこと。殺してしまえば情報を引き出すことは不可能ではないが困難になる。ただでさえこの混乱の最中に、心理潜捜の得意な神聖騎士や祈祷神官を探すのは手間だし、ンバスクとしてもそこまではしたくない。命令がなければ積極的に動かない彼だが、さりとて次から次へと命令をのべつ幕なしに投げつけられるのも面倒という感性を持ち合わせている。一つの命令で済む話なら、それで収めたい。
果たして、ユヴォーシュの体から力が抜けた。意識を失ったと見てンバスクがロングソードを引き抜く───ちょっと血を抜いて大人しくさせようと考え止血はまだしない。
膝をつくユヴォーシュ。その足元を動脈血の赤が染め、次いで燐光が山吹色に照らす。それを見たとき、ンバスクはまだ抵抗するのかと呆れた。《光背》によって照らされていると思ったのだ。
───その体の内から何かに衝き動かされるようにユヴォーシュが面を上げた。その瞳が、燃えている。
火柱が二本上がった。時間の狂った星空の下、昼間のように照らされるという破綻しきった光景。
溢れた光が形をとる。鋭い爪を備えた腕が、それぞれの瞳から一本ずつ一対。腕一本だけでユヴォーシュの背たけと同じくらいあるその腕は、有無を言わさずンバスクを掴む。
「な、そんな───」
ンバスクは絶句する。この状態の彼に触れられたものなど居なかった。彼が聖究騎士になってから今日まで、絶対不可侵の安全を享受していた彼は咄嗟に対応できない。
左手が胴を、右手がンバスクの左腕を鷲掴みにして軽々と持ち上げた。その動きに応じて膝立ちのユヴォーシュの顔が上を向くのが、寄生した何かの意のままであるのを示していて悍ましい。腹の刺創と肩の割創、かっ開いた口からも腕を構築するのと同じ種類の燐光を放っているのも、内部に居るものの発露か。
それ以上を考察するほどの余裕は、ンバスクにはなかった。
ユヴォーシュの瞳から生えた腕は猛烈な勢いで振りかぶると、そのままンバスクを投げつけた。彼は軌道上のあらゆるものに衝突し、巻き込みながら突き進み、瓦礫の道を描きながらあっという間に消えていく。腕の勢いはそれで収まらず、地面に叩きつけられた余波だけでユヴォーシュの周りの建造物が放射状に散らばった。
瞳から生えた腕は、少しの間そのままじっとしていた。やがてほどけて消えると、がっくりとユヴォーシュの体が力を失う。爆心地に尻までついて、そのまま後ろに倒れた彼、
彼の体にあった傷痕は、影も形もなかった。
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