227話 大罪戦争その9

 バスティが膝をつく。


「ぐ……ッ、痛……」


 そう言って押さえた胸の奥、痛むのは神体そのものだ。構造を把握しているものはいないから、どうやったって軽くすることはできない。


 ヒウィラは寄り添うしかない。


「どうした?」


「……ユーヴィーに……何かあったみたいだ。その負荷がこっちに来ている」


「彼、やはり戦っているのでしょうか」


「さてねえ……。一心同体と言っても、何から何まで分かるわけじゃないし……」


「戯言はいいですから、大丈夫なんですか、彼も貴方も」


「信庁はこの一件の首謀者を探している。そこで神聖騎士ならざりし《信業遣い》ユヴォーシュと遭遇すれば揉めるのは想定内だ」


 だからこそ、そこに君たちが向かうのはマズい。そう言ってシナンシスは二人をユヴォーシュから引き離している。それはユヴォーシュの願い通りだが、別の疑問が付きまとう。


 ───シナンシスが、どうしてそんな手伝いをしてくれるのか?


 ───シナンシスを遣いに出して、あの《火起葬》は対軍勢に最適であろうに、ニーオは何をしているのか?


 そこらへんの事情を彼は説明していない。あの場に留まるとすぐに神聖騎士が巡邏に来て発見される、だからついてこいと強引に二人を導くばかりだ。抵抗すれば発見されやすくなり、それは望ましくないということで従っていたが───バスティが原因不明の苦痛に襲われたのを見て、いよいよヒウィラは我慢の限界だった。もとより彼女からすればシナンシスは知らない人なのだ。


「もう十分に離れたでしょう、いい加減に説明なさい! 今何が起きていて、どうすれば私たちがユヴォーシュを回収して帰れるのか!」


「残念だがそれは諦めたまえ。君たちには私に付いてきてもらう」


 返事はシナンシスの声ではなかった。もっと低く、渋い老境の枯れを感じさせる声。


 路地の陰、壁に身を凭れさせて待ち構えていた彼は声に見合った老いを身にまとっている。顔にも手にも皺が刻まれ、しかし弛んでいる印象はこれっぽっちも与えない。銀の髪がぴっちりと後ろに撫でつけられている。彼の周りでだけ、時間は台無しにさせるための余地ではなく起きたことを刻み込んでいく土台として流れているような、そんな重さ。


「初めまして、レディ。私はヴェネロン・バルデラックス。神聖騎士を務める老骨だ」


 名乗りを聞きながらヒウィラはバスティを抱えてその場を離れようとする。しかし遅かった。ヴェネロンが片手を上げると、周囲に潜んでいた神聖騎士たちが隠形を解く。───逃げ場を完全に塞がれている。


「……どういうつもり? 貴方私たちを騙したの?」


 逃走を断念してシナンシスに向き直る。彼は肩をそびやかすばかりで答えようともしない。落ち着いて思い返してみれば、彼は出会ってからここまでずっとバスティにのみ返事をしてばかりで、ヒウィラの言葉には何も応答していなかった。答えるに値しないと態度で示していた。


「君こそ私たちを騙しているだろう。聖都こんなところまで潜り込んだ魔族は、長い神歴の中でも他に居まい」


 正体が露見している───無理もない。《信業》持つ神聖騎士ならば《遺物》による偽装など子供騙し、だからこそ姿を隠して逃げ回っていたのに引き合わされれば台無しだ。腹立たしいしギタンギタンにしてやりたいことこの上ないが、今は睨みつけるに留めておく。


 神聖騎士複数名……バスティを庇いながら戦うには手強すぎる相手で、仮に倒したとしても《人界》統治機関との敵対が確定する厄介な連中。ゆえに、あちらから手を出してこない以上、様子を見るのが得策と判断する。


 そう。手練れで囲んでおきながら、神聖騎士たちは手を出してこない。警戒心は見られるが戦意は感じられず、統率された彼らはあくまで逃走されると困るから以上の意志を感じない。


 困惑していると、


「そう身構えずとも、君たちに危害を加えるつもりはない。有益な情報を提供できると思っている」


「だから同行しろと? どうあれ私たちは逆らえない、その上でよくもまあいけしゃあしゃあと」


「自分の置かれている状況は理解できているようで何より。───では行こうか、お嬢さん?」


 の手ではない。どこへ向かうか知れないのは同じでも、こんな手を取ってなるものか、とヒウィラは思った。

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