224話 大罪戦争その6

 ロジェスは真っすぐ宙へと突っ込んでいく。


 越界門のを越えた瞬間に重力が反転したのを感じる。つまりここまでが《人界》で、ここからは《魔界》に入ったことの証左だ。


 ディレヒトに「これだけの進軍を率いているからには魔王がいる。斬ってこい」とだけ言われての突入。


 彼は戦闘狂と思われがちだが、今はさほど昂っていなかった。理由は二つ───先日負った怪我がまだ癒えていないことが一つ。そしてもう一つは、怪我を負った原因たる大魔王にある。


 大魔王を斬っておいて、今更魔王なんぞを相手にしても盛り上がりに欠けるというもの。


 彼はただ戦えればそれで満足する雑食ではない。より強いもの、未だ見ぬ新しい可能性を追求する求道者、いわば美食家なのだ。いつぞや探窟都市ディゴールの《冥窟》に潜んでいた《真龍》───《瞬く星》のアセアリオに手出ししなかったのも、既に斬り済みの《真龍》よりもユヴォーシュに期待をかけていたから。


 彼の実情を知らない者は、彼を『ディレヒトの懐刀』と認識しているがそれは誤りだ。彼は斬りたいものしか斬らない。つまり斬りたいと思ってしまえば命令を破ってでも斬ってしまうし、斬りたくないと思えばどうにか命令を曲解して斬らずに済ませようとする。彼にとってどうでもいいもの───もう斬ったものや斬る価値もないもの───の場合は、如実にやる気を失う。


 ディレヒトからすれば、実に扱いづらい妖刀であることだろう。


 それでも仕事だからサボタージュするわけにもいかない。『前に斬ったのは《魔界》インスラの魔王であり、今回の魔王はどうやら《魔界》アディケードの魔王らしい。そこに何か違いがあるかも知れないから』と自分を納得させようとしているだけ、今回はマシな方だ。


 そしてそんな自己暗示をかけながら、気もそぞろながらも《翼禍》を撫で斬りにしていくロジェスの武威たるや。


 機動力に長けた《翼禍》の兵たちは長弓を好む。単独で突入してきた人族を針山の如くに射殺してやろうと射かけてくるのが見える。見えるのならば妨げるものはない。空気を踏みしめて疾走するロジェスの疾風はそれだけで刃と化す。軌道に近づいた兵士たちはそれだけでバラバラになる。


 《信業》の応用技の一つ。ロジェスが雑魚掃討のために展開する《刃圏》は、非《信業遣い》を一挙一動に付随する風のみで斬殺する。


 まさしく一騎当千。恐れおののいて道を開けることすらままならない。魔族たちの視認よりロジェスの接近の方が速いのだ。


 血風の道を馳せる聖究騎士の周囲に、突如七つの影が現れる。


 いずれも《翼禍》。《刃域》に踏み込んで平然としているあたり、心得はあるようだ。


「なるほどこれが神聖騎士───その頂点か」


「これ以上好き勝手させるわけにはいかないのでね。ここで墜とさせてもらおう」


「我ら“七天迎”がお相手致す」


「不甲斐ない真似はしないでくれよォ?」


 ロジェスの上空を旋回しながら順々に口上を述べる。ロジェスはその間、愛用のバスタードソードに刃毀れがないかチェックをしていた。緊張感というものがまるで感じられない様子で、“七天迎”とやらの一人が強く呼ばわる。


「おい、聞いているのか貴様───」


「もういいのか?」


「なに?」


「遺言はそれで終わりかと聞いたんだ。まあ、もう待つつもりはないが」


「……舐めやがって」


 “七天迎”が殺気立つ。それをそよ風のように感じながらロジェスは彼らをせせら笑う。


「舐める? 舐めるのはどちらだ。ただでさえつまらない相手なのに、この程度の雑魚しか寄越さないとは。どうやら勘違いしているようだから言っておくが、怒っているのは俺で、殺すのも俺だ。頼むから肩慣らしくらいにはなってくれよ」


 それ以上無礼な口をきかれるのは我慢ならないと、四方方から《翼禍》が殺到する。ロジェスはペロリと舌なめずりをしてそれを迎え撃った。

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