202話 人界生活その7

「いいですか。《真なる遺物》とは《遺物》と明確に異なる代物。《信業遣い》が、そのすべてを───命、心、果ては魂までもを───捧げることで結実させる、《信業》そのものと言えます」


「《信業》そのもの───」


「通常、《遺物》程度の実現力では《信業》を貫けません。例に取ればこのピアス、人魔欺瞞の装身具とて《信業遣い》が本気になればその目を欺くことは叶わないでしょう。それはカストラスの実力不足ではなく、純然たる位階の差」


「つまり、魔術と《信業》では《信業》の方が上───ってことか」


「その通り。ですが《真なる遺物》は違います。《真なる遺物》であれば、《信業》を超克してその機能を果たし遂せる」


 《信業遣い》がその粋を尽くして遺した《信業》そのもの。《信業遣い》───生きる存在の《信業》は、戦闘中であってもよほどのことがない限り単機能に総力を集中することはない。《光背》を展開しながら身体機能を強化して斬りかかったり、そのために視神経を強化したり。そのとき傷を負っていたら治癒したり。果ては、十ある力をそれぞれの機能に割り振っているものだ。《真なる遺物》にはその配分がない。十ある力すべてを《遺物》としての機能に費やせるならば、なるほど、《信業》を上回ることもあるだろう。


 それだけの力を発揮する大前提は、つまり、


「だからジーブルが、彼女の父親が《信業遣い》じゃないかと疑った訳か」


「そう。聞けば魔剣が遺作だそうじゃない。《真なる遺物》の作成に命は欠かせないそうですから、そうじゃないかしらと」


 生命とは存続するための機構で、そのためには状況に応じた適応が欠かせない。単一に純化するために不要なものを切り捨てるとなれば、命を失うのは当然───と言ってしまうのは残酷が過ぎるか。


 そして───思い出す。俺がその言葉を初めて聞いたのは、《澱の天道》についてだった。魔王を喰らい魔王を再現する、アレもなるほど《信業》に匹敵するか上回り得る《真なる遺物》だったのだろう。


 大魔王マイゼスが、《澱の天道》から八大魔王を再構築した際の絶叫、バンデルホーフェンという名は───あれは人名だったのか。《澱の天道》を作り、《澱の天道》となったの。


「……アルルイヤも、そうなのかな」


「さあ。世に多くある《真なる遺物》のうちの幾つが、本物の《真なる遺物》なのか。作った《遺物》が図らずも遺作になっただけの者もいるでしょうし、そも《信業遣い》の手によるものではないとも限らない。ただの《遺物》を《真なる遺物》と喧伝しているだけかもしれない。真なるものかどうかは、作った当人にしか分からないでしょう」


「そうだな。《真なる遺物》だろうとそうでなかろうと、俺がに幾度も窮地を救われたのは変わらない」


 腰に差したアルルイヤの柄に指を添わせる。これからもよろしくな、相棒。


 ───ただ一つ気にかかるのは、もし《真なる遺物》ならばその原点、作成動機。


 《土妖》の鍛冶師ジニアは、妻を喪ったことで自暴自棄になってアルルイヤを打ったと思っていた。それが《真なる遺物》だったとすれば、そこに込められた《信業》とは一体何の感情に由来するのか。《信業》喰らいの黒い魔剣は、何を斬るためのものなのだろう。


 考えても、分からなかった。……きっと、生きている者には分からないことだろう。

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