170話 統一魔界その4
大魔王の軍勢と接触できたのは、《魔界》インスラ入りしてから十日目のことだ。
謎の陥穽から街道沿いを進む俺たちは、その後、幾度か魔族の行商やらと行き交った。街道のあちら側から来る彼らは以前の村人たちよりはしゃんとしているように見えたので、俺たちは偽装を施したうえで可能な限り接触を避けた。
一度だけ、会話を交わした。自分たちは故あって山奥から出て来た者である、魔王城は何処か、と尋ねたのだ。その行商はどことなく後ろめたい目配せを交わし合ったあと、「この街道を今道なりに進めばやがて見えてくる」とだけ教えてくれた。それが大魔王の居所か、と問うと曖昧に濁して彼らは行ってしまった。
「……まあ、行けば分かるだろう」
「賛成」
やがて見えて来たのは、魔王城よりも先に軍勢だった、というわけである。
地平線の彼方、大勢が移動する土煙が先ぶれ。
やがて駆けてくる馬たちの蹄の音が聞こえてきて、それからようやく彼らの姿が見えてくる。
ディゴールに召集された征討軍一個師団を優に上回りそうな大軍勢。それが正面から近付いてくる。地響きのせいで歯の根が合わないみたいになってきた。《信業遣い》でもおっかないシチュエーション、《信業》もない魔族の侍女たちは本当に震えて歯の根が合っていないかもな、なんてことを考えている俺がいる。
俺たちは大魔王軍に正対する。彼らが分かるよう偽装を解除し、堂々と立ち塞がったんだ。《魔界》のこんなところまで入り込める人族ならば相手もそれと分かるだろうという期待。
果たして、大魔王軍は俺たちからかなりの距離を開けたまま停止した。
「貴様らぁあああああっ!!
隣で聞けば鼓膜を破くであろう大音声。《信業》なり奇蹟なりで強化しなければ成し得ない声量である。
ロジェスの指示で、神聖騎士の一人───バンドンが答える。
「そう、だああああ───っ!! 話しがあぁぁあああある、魔王に会わせろおおおおおぉぉっっ!!!!」
交わされる会話は驚天動地、距離もさることながら内容が常識外れだ。《魔界》に侵入した人族など、本来ならば会話するまでもなく殲滅する対象。にも関わらず軍勢は足を止めて事情を尋ね、対する人族の俺たちもそれに答えている。和やかとは行かないが、何かが明確に異なっていることのこの上ない証左だった。
「しばぁぁぁああし、待て!! 大魔王さまに、伺うっ!!」
「いま大魔王さまって言ったな」
「言ったな。統一は真実だったか」
ロジェスの代弁で喉よ張り裂けよとばかりに大声を張り上げ、ぜえぜえと息をする横で俺たちはそんな会話をする。魔王アムラやヒウィラの言葉と同じように、今話している内容も頭から信じることは出来ない───どこまで誇張、自称なのか見極める必要はある。とはいえ一考の余地があるのは確かで、《魔界》インスラの大軍勢が『大魔王』と呼称したのは無視できない。こんなだだっ広い街道のド真ん中だぞ、よっぽどの自信がある証拠だ。
俺たちは相手の出方を伺いながら相談を続ける。
「どう来ると思う?」
「話くらいは聞くだろう。大魔王とやらが馬鹿じゃなければな。こっちに魔族がいるのも見えていないことはないだろう」
「確かにな。自分のところの魔族なら保護するよう動くだろうし、そうでないなら───まあそうじゃないのが正解なんだが───さぞや事情が気になることだろうさ」
読み通り、少しの時間が経過したのち、
「───貴様らをおおおおっ、大魔王様のもとへ連れていくッ!!!! ついて、来おおおおおおいっ!!」
「ほお?」
「随分話が早いじゃないか。ここで事情説明するかと思ったが」
「まあ、大魔王のところに直接行けるならそれに越したことはない。ワクワクしてくるじゃないか、なあ?」
「いや、俺はあんたとは違うから……」
俺はロジェスほど真っすぐじゃない。今だって回り道の途中なんだ。……それとも、目的地も見えないから迷子なのかな。
やれやれ、と俺は肩をすくめて歩き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます