171話 統一魔界その5
大魔王の軍勢は、半々に分かれた。
半分は俺たちを先導し、大魔王の居城───順当に考えれば大魔王城か? ───へと導く。そしてもう半分は、それについていく俺たちの後ろを更についてくることにしたらしい。俺たちは魔族の軍勢に一定の距離を保って挟まれた状態で、緊張感のある移動を続けることとなった。
物資補給そのものについては心配は不要になったが、今度は得た物資が大丈夫かの心配が付きまとうようになった。《魔界》インスラ、魔王城カカラムでの歓待と同じだ。この飲み水を飲んでも体に害は出ないのかとか、いちいち考えないといけないのは窮屈だが仕方ない。この世界、俺たちの属するのとは異なる《魔界》に在る限りついて回る問題だ。そんなところに気を配らなければならない場所なんてとっととお暇するに限るんだが、生憎そうもいかないのが困り所。
飲食については、いったん俺の《信業》───《光背》を通すことにした。俺が意識できる範囲の毒物や害は、これで濾過できると考えてのことだ。今まで試したことはなく、よって濾過できた実績もないのだが、とりあえずそれで何とか凌いでいる。
どっちみち、俺は考えてみれば体内に入っても何とかなる気はするが。酒をカッ喰らってべろんべろんの状態から、《光背》で酔いを全部吹き飛ばしたこともあるし。
───しかしそんな心配を、彼女は嫁入りすればこのずっと強いられることになるのだ。死ぬまで、一生。世界丸ごとが自分を排斥するような中で、大魔王の庇護に縋りついていなければやっていけないような生活を送ると考えると、魔王アムラの命令の残酷さが浮き彫りになる。
そんなことを考えながら歩いていると、先導する側の推定・大魔王軍を気配が走り抜けた。分かりやすくザワついたのとは違う、むしろ集団には付き物のそういう騒がしさを波が洗い流すような───そんなヒリついた静謐。
「───何だ?」
「気付いたか、ユヴォーシュ」
ロジェスの目がいつになく真剣だ。彼も大魔王軍の切り替わりを感じ取ったか。
「これは畏れだ」
「畏れ? 一体何に───」
その後に続くはずだった疑問は、地平線から覗いたそれに呑まれて消えた。
───黒。
第一印象はそれに尽きる。
そこから違和感が立ち昇る。
あれは月か? いいや違う、宙に浮いているが月ではない。月ならば俺たちの進むのに合わせて位置が動くことはない。あれは高空に静止している物体だ。
待て、おかしい。地平線のそのまた向こう、遥か彼方に浮いているはずのそれが見えるというのはどうにも筋が通らない。それこそよっぽど大きい物体でなければ───
「……待て、待て待て待て。そういう、こと、……なのか?」
あの黒球が存在するのは遠方、《信業》で強化された視力でも細部を見通せないほどの彼方。そういうことか? そんなバカみたいに巨きいのか、あれは?
「なるほど大魔王……それくらいやってのけるか」
「そんな…………」
俺も、ロジェスも、ヒウィラも、全員揃って空を見上げるしかない。冗談のようで現実感が湧かず、それは黒球へ進路を取る間ずっと続いた。笑ってしまう話だが、俺たちはそれから目を離せなかったせいで、しばらくの間魔王の居城が視界に入っていることに気づかなかったのだ。
───魔王の居城だから魔王城であろう、という安直な予想は大外れ。
その名を、髑髏城グンスタリオと定められたその城塞は、かつて見たことがない奇怪な建造物だった。
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