169話 統一魔界その3
《魔界》インスラを行くこと六日目、俺たちは不可解な痕跡を発見した。───いいや、発見などと喧伝するのは止めよう。あんなもの、誰だって見落とすはずがないのだから。
それは、巨大な陥穽。
圧倒的な質量が、真上から落ちてきて押し潰した───そして押し流した跡。そこにあったと思われる全ては、一切合切が濁流に呑まれたようにぐちゃぐちゃになったと思われる。
悍ましい破砕。圧壊。奔流。
そして最も不可解な点は、その破壊がその範囲のみに限られていたという点にある。
例えるなら、そこにのみ豪雨が降り注いだかのような惨状と言えば分かりやすいか。もしくは堤防が決壊したか、そういう痕跡がそこにしかない。
それほどの破壊現象を引き起こしたはずの何か───おそらくは水だろうが───は、どこかに消えてしまったよう。
どこにも流れ出すことなく、かき消えてしまったらしい。
乾いたわけではない、らしい。これほどの規模の破壊なら、池のように蓄えられていて然るべきと語ったのはキシだ。しかしそれらしき原因は見当たらない。陥穽の付近に川は見当たらないし、陥穽から何かが流れ出た形跡もない。
全くもって不可解な跡。
そしてそれは、およそ探窟都市ディゴールと同規模かそれ以上の、巨大な一つの大穴なのだ。
「───これだけの規模。ともすれば、魔王城の一つがここに───」
タンタヴィーもそれ以上は続けられなかった。陥穽の底に見える瓦礫に、どれほどの魔族が暮らしていたのか、想像したのだろう。《魔界》インスラと《魔界》アディケード、彼らも相容れぬ仲ではあるとしても───これだけの大破壊を齎す何かを恐れ、その被害を悼む気持ちに代わりはないのか。
「大魔王。これほどのものか」
「……ロジェス。あんた、気は変わってないのか?」
「ああ」
短く切って捨てるような返答。彼の餓え、彼の渇望はこの惨状を目の当たりにしても小動もしないようだ。
俺たちは呻く───俺と神聖騎士たちは、
いよいよどうするべきか、決断の時が迫っているのを実感して俺は胃が痛くなってきたのを感じる。
ヒウィラが婚礼を望んでいるなら、俺は何としてもロジェスを止めなければならない。大ハシェント像足下の続きを、まさかこんな異界の空の下で再開するとは思わなかったが───仕方ない。腹を括るしかないだろう。
そして逆に望まぬ婚礼というのなら、ロジェスと組んで大魔王をこそ、討つ。民の信心を根こそぎにし、地に陥穽を穿つ、大魔王を。
───ヒウィラが何を望んでいるのか。どう思っているのか。それを確かめる猶予は、もうあまり残されていない。
大魔王の居城は、刻一刻と近づきつつあった。
「行こう。この道は大街道だ───どこかで大魔王の勢力圏に繋がっているはずと考えられるし、何より移動も楽だろう」
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