164話 闇黒彷徨その5

 焚火は二つ。人族───神聖騎士の輪と、魔族たちの輪。


 正直、俺はどちらも居心地が悪い。だってそうだろう?


 異端認定を受けて信庁に《虚空の孔》刑を受けたのは割と今でもトラウマだから、こっちから彼らに何となく壁を作ってしまうのだ。ロジェスには一度は真剣に(というか真剣で)命を狙われた経験もあるから、そういう意味でも接点は少ない方がいい。


 だからと言って魔族は、それはそれで。よく考えてみれば俺は異端だから気にしないが、こうして人族魔族で輪が別々なのもだったのだ。あえて分けているのに踏み込めば白い目で見られるのは目に見えている。


 どちらかというと人族寄りの、二つの輪の間にぽつんといる俺。


 どちらも互いを意識しているのは明白で、しかし会話は存在しない。移動計画についての話し合いだって、必要だから交わすだけ。余計な軽口なんてもっての外だ。


 それこそ、料理の出来抜きでも、「魔族なら焼いただけの肉でちょうどいい」みたいな発言をすれば、それはもう冗談ではなく罵倒、挑発として受け取られるだろう。それくらい緊張関係なのは信心ゆえ。


 神のが薄いらしいロジェスや、そもそもを得られなかった異端の俺。そういうのを抜きにすれば、相互理解はのだ。神が違うということは根底、前提が違うということ。神が敵だと言ったなら敵で、それは理性や論理に先んじて感情がそう叫んでいるのだから抑えようがない。


 闇の黒が本能的に恐ろしいように、人族にとって魔族は恐ろしい。そしてそれは、逆もまた然り。


 ……ところで。じゃない奴が、一行にはもう一人だけいる。






「見張り、ご苦労様です」


「何をしに来たんだ」


「交代しに来ました」


「まず第一に、時間じゃない。第二に、君に見張りが割り振られるはずないだろ。そして第三、見張りは人族魔族それぞれ立てて、交代もそれぞれ出すから人族おれのところに魔族きみが来るはずがない」


「いいじゃないですか、細かいこと。城の外に出るなんて貴重な機会、楽しみ尽くさなければ損です」


 大岩のてっぺんに座って夜の見張りをしていた俺は、頭を掻きながら下を見る。声だけで誰か分かっていたが、守られるべき姫様が現実ほんとうにそこにいるのを見て、俺は固い岩に尻を乗っけていた時間の無意味さを嘆いて天を仰ぎたくなった。


「……こんな時間に、何しに来たんだ、本当に。大したもてなしはできないぞ」


「兎を丸のまま焼いて出したり? あれは確かに、酷いものでした」


「ぐ……っ、仕方ないだろ。あれだって君の言うところの『貴重な機会』ってやつだ」


「ええ、ですから言うほど不満たらたらではありません。美味しくはありませんでしたが」


 勝手なことを言いながら岩を登ってこようとするヒウィラに手を貸してから、彼女が《信業遣い》なのを思い出す。わざわざ差し伸べなくてもいいのに、つい俺としたことが。


「なんだ。そんなに高くありませんね」


「城からの景色とは比較にならない、ってか?」


「それはまあ、その通りです。それを抜きにしても、見晴らしのいい場所じゃない。見張りには不適なのでは?」


「いいのさ。俺にはここで」


 《光背》の微弱な光は野営地には届かない。俺は目で見ているのではなく、光で感じているから見通しは関係ないのだと、そこまで説明するのは面倒なので先の一言で済ませる。


 ヒウィラは何か言いたげな顔をしたが、そこは置いておくことにしたらしい。切り替えて、


「先ほどは聞けなかったことを。の?」


 心臓が、跳ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る