163話 闇黒彷徨その4
───そう思っていたのに、何だこの拍子抜けする普通の旅は。
歩けども歩けども魔族にも魔獣にも遭遇せず、ついに日が暮れた。
ヒウィラは馬車の中だ。と言っても馬車はグオノージェン製だし、それを曳いている馬もグオノージェン製。なんでも、全員を運べるサイズかつ飛翔する鳳でなければ、日中の移動中の維持はそれほど負担にならないらしい。守るべきお姫様と、《信業遣い》ではない侍女たちは一部の魔族精鋭と共にあの中にいる。
俺たち───俺と神聖騎士、そして残りの魔王軍精鋭兵は徒歩で移動だ。と言っても全員《信業遣い》だから移動速度はかなり早い。
それなりに移動したはずなのに、街らしきものはどこにも見当たらないのだ。
「いったいどうなってるんだ、《魔界》インスラは?」
ふとした拍子に飛び出した疑問に答えられる者は誰もいない。《魔界》アディケードは安定《経》を他国に奪われてしまって以来、《魔界》インスラの情報をろくに得られていないのだそうだ。それ以前から《魔界》インスラは統一の混乱でかなりゴタゴタしていて内情は不透明だったらしいが、それにしたって手探りが過ぎる。
「悠長に歩き回っている場合ではないというのに。可能な限り早く姫を大魔王のもとへ送り届けて、カヴラウ王朝の安全を確保しなければならないのだ」
タンタヴィーが案じる通り、俺たちには時間制限がある。期限は大魔王次第。彼(……彼だよな? 嫁を欲しがってるんだし)が「カヴラウ王朝の連中、嫁を寄越すの遅いな。滅ぼすか」と思った瞬間、この《魔界》インスラから大攻勢が流れ込む───はずだ。
この様子を見ると、そんなもの夢まぼろしにしか思えない。この荒れ果てた世界のいったいどこで、大魔王が侵攻の準備を整えているというのだ。
「お前さんたち、こんな辺鄙なところにお姫様取られて平気なワケ?」
「………………」
こりゃあとてもやっていけないぞ。少なくとも俺は。
人族でも魔族でも、飯を食わにゃあ力が出ないのは変わらない。というわけで道中わりと暇だった俺は、適当な野生動物を狩ってくることになった。
俺の《信業》───《光背》なら山ひとつ総ざらいして兎やら猪やらを弾き出すこともできそうなもんだが、意外と融通が利かないもので俺の知らないものは対象に取れない。
魔剣をそういう用途に使うのも申し訳ないので、俺は小さなナイフを借りてちまちまと狩猟活動に励むことになった。
───まあ、なくても猪くらい素手で捻れるんだが。手が汚れる具合で言えば、ナイフも素手もそう変わらないな、コレ。
「つーわけで夕飯は猪の煮込みと兎の丸焼きだ」
「味付けは」
「ない。あると思うか、あんな急な出発で」
ロジェスは何とも思っていないような顔だが、カーウィンやグオノージェンら神聖騎士たちは渋い顔だ。タンタヴィーたち魔族もそれは同じようで、「なんだお前ら魔族はこのくらいでちょうどいいんじゃないのか?」なんて言おうものならぶん殴られそうに見える。仕方ないだろ、調味料もないんだから。ヒウィラ付きの侍女たちは完全な無表情で……彼女らの表情が変わったところを見た覚えがない。感情あるのか?
そしてお姫様はといえば、
「随分と大胆なものを食べるのね」
他人事だった。
「大変申し訳ないんだけど、これしかないぞ」
「……これ?」
《魔界》アディケードの姫君は、実に味わい深い表現を、己の表情筋で実行することに挑戦したらしい。まず俺が嘘をついているのではないかと疑り、次いでどうやら真実らしいと悟るととっくりと肉料理を観察し、そして最後に深く絶望した。
「食べなくてもいいけど、あんまりおススメしないぞ。減量しすぎて大魔王にそっぽ向かれても俺の責任じゃない」
「…………なるべく早く、大魔王のところへ行きましょう」
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