165話 闇黒彷徨その6

 ヒウィラの刺すような視線が痛い。


 俺は彼女を通してを見ていたのだろうか。


 俺が異端であることを隠しきれなくなった発端。神に祈る流民《悪精》の少女と、神を信じられない俺という対比は、今でもそんなに心に刻み込まれていて、ヒウィラに関わるのはあの罪の贖罪のつもりなのか。


 それは、あの子にとっても、ヒウィラにとっても、不誠実だろう。


「ユヴォーシュ、答えなさい。何があったの、貴方に」


「……そうだな。面白い話じゃないけど、聞いてくれ」


 ぽつぽつと、俺は言葉を紡いでいく。


 ───ずっと、世界に違和感と罪悪感を抱えて生きていたこと。


 ───《信業》に目覚める前に、征討軍にいたこと。


 ───仕事だからと割り切って魔族を何の感慨もなく殺してきたこと。


 ───そんなある日、《悪精》の少女が神に祈っているところに剣を振り下ろして、何かが決壊したこと。


人族俺たち魔族君たち、何が違うんだって思った。一度そう思ったらもう、俺は魔族を殺せない。───だから軍を辞めた」


 俺は間違って生まれたんじゃないかと、許されない存在なんだと思い詰めて、それでも自由に生きると決めて、最近は割と思うさま生きているけれど、やっぱり時折あの少女の呟きが胸の奥でこだまする。それは天気の悪い午後だったり、酒を飲み過ぎた夜だったり、暑くて目が覚めちまった夜中だったり、


「───あの子と同じ《悪精》の女の子と話していたり、そういうときにはさ」


「………………」


「俺が殺したあの子とだって、もっと───違ったふうに出会えていれば。きっと、って」


「…………そう───」


 夜の風の音だけが俺たちの間にはあった。


 《魔界》インスラでは、他所と月の満ち欠けが違うらしい。空には星ばかりが瞬いている。生態系も風情が違い、夕飯にした猪も大枠としては猪だったが、細かな種は見覚えのないものだった。


 《魔界》インスラの夜空の下、《魔界》アディケードの姫君とともに岩に腰かけている、というのは何とも奇妙な心地だ。随分と遠くまで来たように思えて、事実、異界へと赴いているわけだから遠方なのだからその通りなのだが、それもこれも───


「……ねえ、ユヴォーシュ。もしも私が、その子と似たようなものだと言ったら、どうします?」


 俺の話に何を思ったのか、その横顔からは察せない。透明な表情で発した彼女の問いの意味が掴めないので、俺はどう返してほしいのかと困惑した。


「似たようなもの、って……」


 いったいどこが似ているのか。《悪精》という点はだし、年頃や顔つきに近しいところはない。《信業遣い》かどうかも、まるっきり異なる。いったい、何が───


 彼女はどことなく恥ずかしげにおずおずと笑って、驚くべき告白をする。


「違うのは、王家に拾われたかどうか。───ユヴォーシュ、私は……魔王アムラの血を継いでいないの」


「なッ───」


 そこに嘘は含まれていないようで、俺はだから混乱する。なんで、どうして、そんな───

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