154話 最短経路その6

 ロジェス・ナルミエのバスタードソードが掲げられ。


 そして真っすぐ振り下ろされると、鎖はあっけなく断ち割られた。


「おっとっとぉ」


 メール=ブラウは足場を失う。次の瞬間には文字通り落命必至の高度にも関わらず余裕綽々で、なぜかという疑問はすぐ解けた。


 ロジェスに断ち切られていない、破断していない輪と輪が結び付き、繋がる。キン、と音がすればもう鎖としての機能を取り戻していて、鳳も必死に逃れようと羽ばたいているのにその場に留められたまま。


「邪魔だな」


「何の邪魔だ? 教えてくれよ、ロジェス。それを聞く権利はあると思うぜ、同じ聖究騎士なんだから」


「断る権利もある。同じ聖究騎士だから」


 ロジェスはそれ以上話すことはないと、鎖の上を疾走してメール=ブラウへと斬りかかる。彼女を撃破すれば彼女の《信業》───《鎖》を止めて鳳を解放できるはずという目算か。


 一撃必殺を狙う剣閃をメール=ブラウは軽やかに躱していく。一本宙に張られた鎖の上とは思えない、自由自在な立ち回り。


 崩れた体勢を力づくで立て直す。


「俺も加勢して───」


 続く言葉は衝撃に途切れた。声掛けの相手たち、カーウィンら神聖騎士の方を振り向いて───のに気づいたのだ。


 アッシュブラウンの髪を短く刈り込んだ男。鍛え上げられた体躯が、戦士であることを匂わせる。


「お前───誰だッ!」


 吼えた俺に、はにやりと笑う。その顔が鎖上の女性とダブる。待てよ、その、───


「……メール=ブラウ……か?」


「へぇ?」


 そいつ───メール=ブラウは片眉を上げて驚きを表明する。どうやら的中らしいが、げに恐るべきは《信業》。俺の後ろというべきか、下というべきか、鎖上ではロジェスが今も金髪女性のメール=ブラウと交戦している音がしている。どちらかが、それともどちらも偽物なのか?


 思考を訓練でねじ伏せる。今は考える時間はない、動け───!


 広げた《光背》が、俺を縛ろうとする《鎖》と激突する。《顕雷》で鳳の背が照らされる。他の神聖騎士たちは───ダメだ、全員縛り上げられちまってる。ただの鎖ならば彼らも膂力で引きちぎれるだろうが、苦悶の表情で転がっているあたり《信業》。


 ならば、こちらも手札を切るまで!


 魔剣アルルイヤ、抜剣。《光背》で動けるだけの空間スペースをこじ開けていたから、思いっきり振るえる黒の閃きが縛を断ち切った。


 都市から鳳へと差し渡された、足場の鎖はどうやら特別製。この鎖は一部を断たれただけで機能を停止し、じゃらりと音を立てて落ちた。


 振り上げたところから肩に担いで、茶短髪の男のメール=ブラウに踏み込む。痛みだけを刻み込んで意識を奪う、ガンゴランゼのときと同じやり方から───


「ッお!」


 へし折れそうな勢いで首を曲げる。筋を痛めた───が、そうでなければ右目、潰れてただろうよ!


 メール=ブラウの懐から伸びた鎖が弾丸のように、超高速で俺の頭のあった位置を突き抜けていったのだ。頬に熱いものを感じる、薄皮一枚斬られたか。


 早い、それこそ───ロジェスを彷彿とさせる鋭さ!


 放たれた鎖を強引に回避したせいで、俺の動きはぐっちゃぐちゃだ。踏み込んだ足と構えた腕、一致しない無様な一撃はあえなく躱されて、メール=ブラウは華麗に飛び退る。


「……なるほど、これが」


 神聖騎士の頂点、選ばれし聖究騎士ホーリー・ナインス


 ガンゴランゼを下していい気になっていたらしい。こいつは強い。


あっちいな。熱いぜ。やっぱり、着込んでなくて良かった」


 昂って燃えてきて、風を感じても心地いい。体内の熱れをどうにかしたくて吐き出す。


「なに笑ってんだよ、《光背》のユヴォーシュ」


「そうか、笑ってたか。おれ」

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