155話 最短経路その7
メール=ブラウの鎖が縦横無尽に奔る。
それを躱すべく、ロジェスは己の足場を鎖から一歩、踏み出した。
空を斬って、彼の靴が宙を踏みしめる。
「───出たな、《界断闊歩》」
「出た、というほどのことはしていない。それとも、曲芸師のお前からするとこれが絶技に見えるのか?」
「ほざけッ」
黒髪女性のメール=ブラウが鎖を放つ。手の内を知らなかったとはいえユヴォーシュはカスったその一撃を、ロジェスは真っ向から───カチ割る!
大上段から振り下ろす一撃は次々に鎖の輪を破断せしめ、断続的な炸裂音と火花を散らす。割断は彼がバスタードソードを振り下ろしきっても続き、メール=ブラウの手元から伸びる鎖を完全に破壊するとそのまま彼女の腕すら根本から寸断した。
「痛ッてぇな!」
まるきり痛くなさそうに叫ぶメール=ブラウの傷口から、傷口の中から鎖が伸び出でる。当然その勢いに血と肉が飛び散るのも意に介さず、伸ばした鎖が落下しつつある腕へと繋がり、そのまま引き寄せて繋げる。
傷痕はある、鎖も垣間見える、到底動くような状況ではないのにメールブラウの腕は操作性を取り戻す。これなら───
「それなら、何度でも」
声はすぐ傍から聞こえた。
《界断闊歩》、ロジェスの靴の裏に仕込まれた刃で世界を断ち割りそれを踏みしめることで移動する空中歩行術。
《信業》とは単純であればあるだけやりやすいもので、例えばロジェスがユヴォーシュの真似をして《光背》を広げても、大したことはできない。そこらの魔獣にも食い破られる薄っぺらい光の膜が関の山だ。───聖究騎士レベルでも、そうなのだ。
ロジェスの《信業》は《割断》、断って割り壊すことに特化している。それは聖究騎士の中でも随一の破壊力を実現していたが、結果としていくつかの問題に直面することとなった。
その一つが、《割断》が届かない相手に無力であるという壁。
それを踏み越えるための、《界断闊歩》。
足裏に刃を仕込んで、踏み出す瞬間のイメージで世界に断絶を作り出し足場とする───と言うだけなら容易い。だが、実現するのは簡単ではなかった。
靴の刃は一見して分からない。当然だ、靴の底面と平行に仕込まれているのだから。実質的には淵が鋭利な鉄底の靴でしかないのだ、彼が履いているのは。
それを、踏み込みたいその瞬間にほんの少しだけ前に滑らせる。一瞬の前滑で世界を断ち割ったという自己認識を得て、それを《信業》に反映する。それでやっと、足場にできる空間的断面が生み出せるのだ。
当初は靴の底に直角に、氷上を滑る靴のような刃を考えたのだが、それでは足場が細すぎて踏み込みには不十分。彼は奇妙奇天烈な靴を履き、奇妙奇天烈な歩き癖をその身に叩き込み、今では空中を音より速く走れるようにまで至った。
ある意味で、極めて不器用な行いでしかない。
ユヴォーシュは、《信業遣い》なんだからそれくらいできるに決まっているという、理屈も根拠もまるでない確信のみで空を踏みしめ、ロジェスと同等の速度を実現している───それも、ロジェスが努力したあの日々とは比べ物にならない、それこそあっという間に!
ロジェスは自分を納得させる必要があったのだ。彼は斬るために断つために分かつために《信業遣い》になった。ならばそれをこそ究め、それにのみ専心すべきだと。
確信を上回る狂信で辿り着いたロジェスの刃は、かつて《龍界》で《真龍》を斬り殺し、やがて《魔界》の魔王を斬り殺すだろう。
そして今は、同じ《人界》の聖究騎士を───!
最短経路を踏みしめて懐に至ったロジェスの一閃が、メール=ブラウの胴を袈裟懸けに斬った。
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