138話 遣魔使節その2

 ディゴールで綿密に行われた会議の中で、いくつか注意すべき点が挙がった。


 そのうちの一つが、安定《経》から魔王城へ向かう道中での野営である。


 《魔界》の治安など俺たちに推し量れるはずもなく、魔王軍がどこまで軍として機能しているかも国とやらによって千差万別。使者は道中の安全を保障しはしたが、いざ入ってみたら全然そんなことはなく、夜陰に乗じて襲い掛かってくるかもしれない。とりわけ魔族には夜目が利く種族が多いことからも、夜襲が懸念されるのは当然のことと言えた。


 征討軍の指揮官たちとディゴール都市政庁が論争を繰り広げるなか、ロジェスがぽつりと言った。


「神聖騎士たちに見張らせればいいだろう」


 その言葉に逆らえる者はいなかった。この場で最も実力と経験があり、権力もある男が、つまり「こっちでやるから気にするな」と言ったのだ。それでもなお不安を示せば、それはロジェスに対する不信任になる。そんなことが出来ようはずもない。


 そういう経緯で、《魔界》で過ごす初めての夜。俺たちは神聖騎士の見張りのもと、比較的穏やかな時間を過ごしている。


 有事の際には征討軍も動く必要があるということで、完全に神聖騎士任せではない。とはいえ大多数は昼の行軍の疲労を取るため休息に入り、それが妨げられる出来事イベントは今のところ起きていない。


 俺もそろそろ眠るとするか───と思っていたところに、一人、珍しい客人が来た。神聖騎士の一人、カーウィン・パルムグリデと名乗っていたように記憶する青年が、わざわざ野営地を歩き回って俺のところまで来たのだ。


「失礼、ユヴォーシュ様。……と、休まれるところでしたか」


「ああ、うん、大丈夫です。どうしたんですか?」


 俺は神聖騎士と来れば(ニーオ以外)敵対してばかりだったから身構えてしまう。対する神聖騎士カーウィンも、俺のような野良《信業遣い》はどうやらお目にかかったことがないらしく、接し方に苦慮しているようだ。どこかギクシャクした会話になる。


「ロジェス様が、ユヴォーシュ様とお話がしたいと。こちらへお越しいただけますか?」


「何ィ!?」


 俺と敵対した当の本人が何を話したいってんだ。呼び出しておいて斬りつけるとかないだろうな?






 おっかなびっくり指定された一画を目指すと、焚火を眺めているロジェスが見える。……行きたくない。


「座れ、ユヴォーシュ。そう怯えるな、少しばかり話がしたいだけだ」


「本当か?」


「嘘をつく必要がどこにある。今はお前にはないと、お前も勘付いているだろうに」


 それはそうだろう。ここは《魔界》、それも魔王領のド真ん中だ。周囲を魔王軍に取り囲まれている状況で、俺とロジェスで相争えばこれ幸いと殴りかかってきかねない。


 ───そうなれば、魔王との対面など遥か彼方。彼の望みも叶うことはないだろう。


 抜き身の刃みたいな男かと思っていたが、なかなかどうして。神聖騎士の頂点に立つだけあって、ちゃんと鞘も備わっていた。


 俺は携えていた魔剣を傍らに置くと、焚火を挟んだ向かい側に腰を落ち着ける。


「いいぜ、話そうか。それで何を?」


「お前が異端かどうかについて」

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