102話 禁書捜索その6

 その一言が、魔術師だましいに火を点けてしまったらしい。


 俺はすぐに、後悔することとなった。




「それで、どうする?」


「魔剣をもう一本、というのも芸がないですよね。そもそも魔剣の鍛造は、既製品の剣を加工する程度ではすぐに劣化してしまいますし、かといって一日でゼロから剣を打つのは無茶ですし」


「あーダメダメ、魔剣なんて作ってもユーヴィーしか使えないじゃないか。もっとこう、ボクにも使える《遺物》にしよう。そうしよう」


「我儘言うな、自分用の《遺物》が欲しいならそう言え! 今は緊急事態なんだぞ!」


「そんなこと言って、自分だけ魔剣アルルイヤだーうおーって悦に入ってるのは知ってるんだからな! ボクだってワンオフ品が欲しい!」


「今じゃなくていいだろ!」




「だから、そんな凝った物じゃなくて良いって言ってるだろ! 時間もないんだから設計に昼までかけてどうするんだよ!」


「いいですか、魔術師に向かって『金に糸目をつけない』って言うのは、破産と同等と覚えておきなさい。私たちはいつでも金銭的制約に縛られて思うように《遺物》創造なんて出来ないんですから、こういう時くらい好きにやらせてもらいますよ!」


「ウィーエは実に尤もなことを言う。いいかいユヴォーシュ、魔術師に妥協しろというのは死ねと言っているのに等しいのだよ」


「いいからさっさとしろ!」




「なんだ、その程度の機能しかないのか。俺は《人界》最高峰の魔術師の義体を求めて来たのだがな。期待外れだったようだ」


「煽るなシナンシス!」


「うるさい。これは試金石としてもってこいなんだ、邪魔をするな」


「待て、そもそもは『バズ=ミディクス補記稿』の奪還のためのだな……」


「私の知ったことではない」


「おい!」




「いいですかハーズリーギュスと神珍とマイトリアズ螺旋機構! はい復唱!」


「メモれ!」




「おい何だあの材料! 握りこぶし大の塊一個で俺の征討軍の稼ぎ一年分ってどうなってんだよ!」


「そんなもんです。いいからさっさと───え? 買ってきてないんです?」


「あまりに高いから、持ってたので足りなかったんだよ」


「はァー!?」




 ほんの一部。


 最終的にはほとんど罵り合いになって、手が出なかったのが不思議でならないくらいのやり取りがあって、どうにかこうにか形になった。


「《掌握神域》───と名付けよう」と、バスティ。


「畏れ多い名前だ」と、俺。


「お前が言うのか、ユヴォーシュ」と、シナンシス。


 カストラスとウィーエは疲労困憊してベッドに突っ伏している(ここは男性用にとった部屋なのだが、本人が気にしていないようだから指摘はしないことにした)。


 机の上には乱雑に広げられた材料の山。その天辺に、真円形の護符タリズマンが置かれている。だいたい掌くらいの大きさで、白銀のような金属の細工模様が美しい。……が、加工道具代わりに酷使された《信業遣いおれ》としては、もう見たくないというのが正直な感想だ。


 機能としては至極単純。中心の紅玉を撫でると、内蔵魔術が励起する。周辺をスキャンし、生命反応、魔術と《遺物》の反応、動体とそうでないものの反応。一帯をくまなく洗い出す。そして、それを《幻影の魔導書》のように空中に立体映像として写しだすのだ。スキャンは一定の間隔で実施され、立体映像にリアルタイムの情報を反映する仕組みになっているため、すべてを完全に掌握できるものと名付けたバスティは適切だと言えよう。


 きっかけは俺の持ち物、魔術感知結晶についてだ。何を作るかの話題で、俺がそういうものを持っていると挙げると、二人の魔術師がそれに対抗意識を持った。安置しなければ機能しないなんて欠陥品だとか、魔術反応しか捉えられないとか、得られる情報が少なすぎるとか。交互に文句をつける二人に、ならもっと良いものを作ってみろよ、という話になった。


「……ここまでのものとは、思ってなかったな……」


 魔術感知結晶アレでさえとんでもない額がした。それをあらゆる面で上回る《掌握神域コレ》は、多分値付けもできないだろう。


 釣り餌としては、申し分ない。

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