101話 禁書捜索その5

 冗談じゃない絶対に断る、アルルイヤを囮にするくらいだったらカストラスを信庁に引き渡した方がマシだ、やれるもんならやってみろ。


 そのくらいのことは、言ったと思う。


 別に心配だから拒否しているのではない。どう囮にするかはやりよう次第だし、いくらそういう種族特性を持った魔族であったとしても、俺が怪盗とやらを取り逃がすとは思っていない。ならいいじゃないかと言われば、しかし俺は絶対に良しとは言えない。


 魔剣アルルイヤは、ジーブル・メーコピィが命を注ぎ込んで鍛造した遺作だ。俺は造った彼と、それを俺に託してくれた彼の娘ジニア・メーコピィに対する責任がある。という責任において、俺は魔剣を誰かに貸したり、預けたり、奪われる可能性を許したりすることはない。


 それにアルルイヤは囮として扱うには適当とは言い難い。おそらく《信業》を喰らうという性質の魔剣を、魔剣であると証明するのは難しい。必然的に《信業遣い》がいて、魔剣がその《信業》を喰らうところを見せるのが一番早いが、そう簡単に用意できるものではないからだ。


 俺たちは決裂した。その晩、俺は眠っている間にちょろまかす不逞の輩が出ないよう、魔剣を抱えてベッドで眠るというとんちきな体験をする羽目となった。


 イマイチ安眠というにはゴツゴツした眠りから目覚めてまずすることは、腕の中に魔剣があるということ。……あった。


「……おはよう」


「目が覚めたか」


 カストラスは、窓際のラウンドテーブルで本を紐解いている。ウィーエから借りたもので、というのも彼はもともと絞首刑に処された死罪人。着の身着のまま、命だけを持って辛うじて逃げ延びたのだから持ち物という持ち物はヴィゼンに置き去りだ。釣り餌になりそうな《遺物》も、それを作れるだけの道具類も、何一つ持ち合わせていないという。


 ウィーエもそこまでの用意はしていなかった。父祖を探し出して見つけるのに、わざわざ《遺物》作成の道具など邪魔になるだけだと判断したという。


 シナンシスが信庁に命じれば揃えさせることは可能かもしれないが、できる限り後回しにしたい。シナンシスの義体を作るにあたって、他の懸念や障害が一切ないような状況で、具体的には俺が帰ってもいい状態。


 んで、バスティ。こいつはハナからあてにしていない。


 俺も金はあるが、その金で買える程度の《遺物》を今更《幻魔怪盗》が狙うとは思えない。


 ……参った、詰みだ。釣り作戦、どうにもならない。


 ピースとしてみれば惜しいものはいくつかあるが、いかんせん単体では……。


 ん? ピースとして?


「……そうか」


 俺の言葉に、カストラスが目を向けてくる。俺は彼に、


「皆を集めてくれ。ないなら造ればいいんだ、で」




 数百年モノの魔術師。


 そのすえ、二十六代続く魔術師一家の次期当主。


 《人界》の小神。


 産地不明の、推定小神。


 そして、俺。《信業遣い》。


 と、結構な額の現金。


「これだけあれば、即席でもとして十分な《遺物》を拵えるくらい、どうにかできるだろう」


「作るの? 今から?」


「ああ。時間は限られてる。俺は魔剣を囮にするつもりはない。だから、代わりを用意しよう。幸い───」


 俺は居並ぶ全員に向けて今から発する言葉を、脳内で反芻する。


 まさか俺が、こんな台詞を吐く日が来るとは思わなかった。


「───金ならある」

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