091話 術師抹殺その2
一瞬走った紫電。その予兆がなければ、頭をカチ割られて死んでいたかもしれない。
未知不可視の《信業》。
刃もなしに右肩口が裂ける。斬られた感覚じゃない、ひとりでに分かれたような───
筋肉どころか神経までやられたか。肺も───ダメだな。一撃で致命傷の深さだ。
よし。
右半身がだらりと剥がれ落ちそうになるのを左手で支える。傷口と呼ぶのも憚られる裂け目も、合わせておけばその中がどうなっているのか見えはしないだろう。
俺は人混みの中に墜落しながら、押えた傷口の中で《信業》を発動。活動に耐え得る状態まで復元する。
《信業遣い》───ほぼ確実に神聖騎士がいる以上、あのまま突っ込めば俺の《
なのに、何だコイツは!
「湧きやがって害虫め! 死ね、粉々になって死ねッ!」
咆哮、倒れた俺に矢継ぎ早に《顕雷》が瞬く。虚空が裂けて広場の石畳に傷が入るが、斬っているものはやはり見えない。先の感覚からすると、見えない刃ではなくそうなっている状態にしているのか?
原理解明は後回しだ、今は避けないと!
《光背》を使えば一発で《信業遣い》と看破される。だから俺は加減した肉体強化だけで、見えない敵の見えない攻撃を避け続けなければならず、
いつかは、綻ぶ宿命だった。
踏み出した左足が短くてバランスを崩す。切断面をもろに地面に叩きつけてしまった激痛とともに、動脈から噴き出した血が広がる。
「カスが、やけにしぶといみてぇだがこれで終いだッ! このガンゴランゼから逃げられると思うなァッ!」
げぇっ、冗談じゃねえ!
ガンゴランゼ・ヴィーチャナ。《絶滅》のガンゴランゼ。俺でさえ知ってる神聖騎士、“最も勤勉な騎士”あるいは“最も苛烈な騎士”の呼び声名高い男! 彼の《絶滅》という二つ名は、かつて魔族の一氏族を皆殺しにしたことで授けられたという。
征討軍にいたころ、俺たちの部隊の出動が取りやめになったことがあった。魔王軍との会戦、その援軍に呼ばれるはずだったのだが、ガンゴランゼが壊滅させてしまったため不要になったというのだ。
最近まで知らなかったから考えもしなかったが、もしかすると彼も聖究騎士なのかもしれない。それくらい、彼の逸話には凄まじいものが多かった。
───何でこんなところにいるんだッ! そんな奴が!
ちょん切れた足を拾い上げて押し当てる。これだけ連続使用していると、そろそろ、俺が《信業遣い》とバレかねない。俺の周囲から、群衆もはけてしまった。人垣をかきわけて、一人の男が姿を現す。……デカい。俺よりも頭一つぶんは上背がありそうだ。
右半分は目が隠れるほどの長髪、左半分は逆立った短髪。左右でくっきり分かれているのは髪型だけじゃない、髪色まで二色だ。誰が見ても不機嫌と分かる凶相、街中で見かけたら誰も目を合わせないこと請け合いだ。当然、そんなのが突き進めば群衆は恐れて道を譲る。
「確かにブッ殺したと思ったンだがなァ、だがまアその足じゃ逃げられやしねぇよ。折角だから吐いて逝けや、テメェはあの罪人とどういう関係だ」
この男がガンゴランゼ、凶なる神聖騎士。
どうする。神聖騎士、ひいては信庁との全面衝突は避けたい。だがこのままじゃ、俺は碌な抵抗もできずにズタズタにされ、カストラスの蘇生も試せやしない。音沙汰ないシナンシスが説得してくれることを信じて暴れるくらいしか案はないが、気乗りしないんだどうしても!
「おやおや、どうしたことだ。これは」
人が死んだとき、まず声から忘れられていくという。
ことカストラスについては、きっとそんな心配は不要だろう。絞首台からの落下の衝撃と、吊り下げられて経過した時間。罪人の魔術行使を許すような抜け穴もないだろうし、どう甘く見積もっても死んでいるはずなのに、こうして喋りかけてくるんだから。
悪いな、カストラス。俺はどうやらあんたを助けられなかったみたいだよ。こんなところで俺に幻聴をささやきかけるより、さっさと神の御許へ向かった方がいいんじゃないか?
「私のために争うのは止めなさい。見ていて楽しいものでもない」
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