090話 術師抹殺その1

 処刑の前には、口上があるものだ。


 この咎人は以下の罪を犯した、ウンタラカンタラ。これは都市政庁の捜査によって明白な事実であり、司法の裁きのもと、偉大なる《人界》の大神ヤヌルヴィス=ラーミラトリーの恩寵たる死のみがこの咎人の罪を雪ぐに値する。よってここに神々の代行として私、処刑人ホニャラカが今日この日、この咎人の命を断つ。


 その後、罪人の首に縄をかけ、口枷と目隠しを外す。処刑人は罪人に最後に言い遺すことはあるか問う。遺言の時間が終わるか、あるいは処刑人が時間切れと判断したら、最終段階だ。


 観衆に向けて、祈るよう告げる。彼の罪が洗い流され、彼の心に安息が訪れることを。彼の魂が迷わず神の御許に還れますようにと。


 観衆が胸の前で両手を組み、一心に祈る中、絞首台の一部、罪人の足元が開く。それで、終わり。


 ───ああ、だからか。


 俺が公開処刑を好かず、見物に行かなかったのは軍人だからじゃない。同僚の軍人にも処刑見物を趣味にしているやつはいた。


 神に祈るという行いに、俺はどうしても違和感を拭えなかった。───異端だから。神を信じられない機能不全を実感しに行くのが嫌だったんだ。


 ……物思いに耽っている場合じゃない。俺は口上を待った。それを合図にして突入する。


 処刑人が絞首台に上がる。ゆっくりと時間を取って罪人───カストラスの横に立ち、ちらりとそっぽを見た。


 ? どこへ?


 公開処刑は都市政庁の監督のもとで執行される。得てして彼らは絞首台の正面、特別に設置された観覧台に座していて、処刑人が見たのもそちらだ。そこにいる誰か、逆光で顔が見えないが深く頷く。


「これより刑を執行する」


 処刑人の長広舌を待っていた群衆が奇妙にざわめく。罪状の列挙は? 処刑人の紹介は? 罪人の遺言は? そして───祈りは?


 俺も出ばなをくじかれてたたらを踏む。群衆の反応で、流れが変わった訳でもないらしい。ならばどうして、カストラスだからか?

 クソッ、急げ───




 俺が群衆の中から跳び出して、絞首台に空走り始めた瞬間と。


 処刑人が仕掛けを動かして、カストラスの足元の板が取り払われたのは、同時だった。




 カストラス、と叫ぶことはできなかった。


 まだ間に合う……かも……知れない。定められた絞首刑の手順なら、罪人は落下の衝撃が頸部にかかって、それで即死している。だが急げば、《信業》でどうにかなるかもしれない。俺が《信業遣い》だってバレてしまうが、人命救助ならやむを得ない。彼が処刑されるなんて何かの間違いだ、だってカストラスは───いや待て、彼は順当に罪人じゃないか? 学術都市レグマの禁書庫荒らしが露見すればこうなってもおかしくなくて、落ち着け、今は、


 急げ───!




◇◇◇




 ユヴォーシュさん、と叫ぼうとしたのが見てとれたから、バスティはウィーエの口を塞ぐ。


「何のために顔を隠したと思ってるんだいッ。いいから、この場は彼に任せてボクらは離れよう!」


「うっ、は、はい」


 まだ訝しげなウィーエの手を引いて馬車へ駆ける。公開処刑の喧騒からやっと遠ざかったころ、彼女は荒い息の中で、ぽつりとこぼした。


「でもどうしてユヴォーシュさんは……。ああ、そうか」


 言ってませんでしたっけ、あの方は───その後に続く言葉は、バスティでさえ絶句と思考停止に追い込むだけの威力を持った内容だった。




◇◇◇




 処刑執行後、ジャマーはしばらく起動状態のままにされる。魔術師に延命・蘇生させないための対策として手順で決まっているのだ。だから今、この広場では非論理式《奇蹟》───魔力の体内循環による身体強化以外の《奇蹟》や魔術は、使えないし使われない。


 俺の《信業》による身体能力があれば、警邏たちも鎧袖一触だ。


 そう思っていたのに。


 何だ、こいつは!

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