092話 術師抹殺その3

 ガンゴランゼが唖然としている。


 彼も尋問し、処刑の許可を出したのは彼ならば、カストラスの声を聞いたことはあるだろう。そのガンゴランゼがこうも驚くとは、つまり幻聴ではなく───


「やれやれ、驚き過ぎだ。見識を広げるといい」


 絞首台に吊るされたままのカストラスが、そのままの状態で平然と喋っている。魔術なしであれは、いくらなんでも……。


 ええい考えるな、ガンゴランゼが硬直している今が好機だ!


 脇を駆け抜けて絞首台に跳びかかる。カストラスを吊るすロープを力任せに引きちぎって、壮年の身体を小脇に抱える。


「なあ、おい、君は誰だか知らんが置いていっていいぞ。どうせ私は死なないし───」


「うっせ、いいから来い!」


 ぶつぶつ言っている彼に小声で吠える。幸い、彼も俺の声を覚えていたらしい。


「ああ───ユヴォーシュきみか。ならいい、連れて行きなさい」


 観念したようになすがままにされる彼を連れて、あとはここから脱出すれば万事問題なし。だが、それにはガンゴランゼをもう一度越えなければならない。カストラスの奇跡の蘇生に驚いていた先とは違う、もう手札はない。


 ───なら、こじ開ける!


 足でガンゴランゼの両足を払う。体勢を崩した瞬間、顎への打撃と回し蹴りを叩き込めばいかな《信業遣い》でも意識を奪えるはず、そう考えた俺の視界が


「は?」


 顔面に熱いものを感じて手を当てれば、俺の血が鼻筋から零れている。視界が広がったんじゃない、俺の頭がカチ割られて眼球が左右に行ったからそう見えるだけ。待てよ、つまり、俺は───死ぬのか? これで?


「───クソ馬鹿が、痛ェじゃねえか。だ」


 ガンゴランゼの《信業》、俺の攻撃に半ば自動的に反撃したのか。《信業遣い》相手と分かっていながら、『バレないように』だとか『手加減して』だとか調子に乗って、この有様かよ。


 こんなところで、死ぬのか。


 いや待て。


 『死ぬのか』って考えてる以上、俺はまだ死んでない。もうすぐ死ぬにしても、死んでない。


 


 ならばできることはある。


 両側からぱっくり割れたらしい頭を押さえて、断面がくっつくようにして。まだ生きてるなら《信業》も使える、治らない訳がない!


「悪足掻きを、そこから延命なんざ───」


 うるせぇな今忙しいのが見て分かんないのか!


 目から火が出る。


 脳と、顔面と、それとついでに顔を隠していたマントの裂け目も修復する。どうせここまでやれば隠しようもないから、《顕雷》が出ないよう加減せずともよい。それよりも、何よりも、全力で治す!


「───馬鹿な」


 ガンゴランゼの声。カストラスの蘇生と同じリアクションをされるのは心外だ。あっちと違って俺のには《信業しかけ》がある。お前も重々承知のものだろう、そんな顔すんなよ!


 制限がなくなった俺は、荷物みたいにカストラスを抱えて全力跳躍する。空気を踏みしめて軌道変更、さっさとこんなヴィゼンを離れよう!




◇◇◇




「───ガンゴランゼ様」


「ジェウェか」


 彼の部下の一人、まだあどけなさの残る少女の呼ばわりに彼は振り返らなかった。


「襲撃者は馬車にて逃走。リーンズとレークンが追跡しています」


「よし、それでいい」


 驚くことの連続で多少の変更はあったが、まだ彼の計画の範疇の内だった。捕らえた魔術師の処刑を餌に仲間を釣り出す。それを尋問するなりまた餌にするなりして、最終的にはこの一帯の魔術師やらなにやら、そういう連中を根絶する。


 全く、最初からコケたものだ。カストラスとだけ名乗った男は魔術師であることは判明していたが、どう尋問しようと、あるいは公的には禁じられている拷問にかけようと、へらへらとしていて何も吐かなかった。あの飛び込んできた男、覆面のヤツも黙秘する輩ではないことを祈るしかない。


「ッたく、何なんだアイツらは……。どう考えても死ぬ流れで、何生きてやがる」


 そう。予想外は二人の蘇生。


 魔術行使を封じられたにも関わらず絞首刑から生還したカストラスも、


 祈りをささげる中枢たる大脳を破壊されたにも関わらず《信業》を使ってみせた襲撃犯も、


 どちらも尋常ではない。


 だが、だからと言って。


「逃げられると思うなよ、どいつもこいつも……! きっちり絶滅させてやっから待ってやがれ」

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