046話 女子談話その3

「ほら、ユヴォーシュの《信業》でどうにかできないのか。アレならば折れた剣の修復も可能ではないのか?」


「あ……! 確かに、それなら───」


「それなら、どうして信庁は魔族を攻め滅ぼさない?」


「えっ?」


 バスティの急で脈絡がない発言にきょとんとしてしまうカリエ。どうして今、魔族の話を?


「信庁は神聖騎士───《信業遣い》を百人ようしているというじゃないか。ならば《魔界》へ攻め入って滅ぼせばいい。ディゴールここは魔族被害にあまり縁がないようだけれど、それでも苦労はしているだろう?」


 確かに人と魔は互いに怨敵、《人界》に流れてくる亡命魔族も、あるいは《経》を用いて攻めてくる魔王軍も、滅ぼすべきなのは誰もが知っている。《魔界》との安定した《経》周辺地区はいずれも信庁の監視下にあり、いつ魔族が侵攻してきても防げるよう防衛線を敷いている。幸いディゴールの近辺にそういった《経》は存在しないため縁遠いだけだ。


 ならばバスティの言う通り、一騎当千の神聖騎士たちの《信業》でもって逆に《人界》から攻め入り、魔族どもを根絶やしにしないのは何故か?


「決まってる。単純さ───相手にも同じがあるからそう簡単にいかない」


 人族が魔族に遠慮することはありえない。滅ぼせるなら滅ぼすはずだから、そうなっていないならばそもそも前提が誤っている。のだ。


 そこに対等な力関係が構築されてしまっているから。


 カリエは叫び出しそうになるのを、口を押えてどうにか堪えた。その横でジグレードも目を細める。そのような事実は、およそ知り得ないものだったから。世間一般では魔族とは下劣な魔神を信仰する蛮民であり、人族に害を成すことだけを希求するがそれだけのものと認識されている。魔族と魔獣、どちらも大差はないのだろうと。《魔界》由来の魔族と、《人界》でも生まれるが神を知らぬ愚かな魔獣と、どこに違いがあるのか考えもしないのが《人界》の民の普通なのだ。


 それが、魔族にも《信業》があるなど知ってしまえば。吹聴してしまえば、《人界》の神の権威に陰りがさしてしまうのでは。人々はそんな畏れ多いことにならないよう、無意識に思考を封鎖する。


 けれどバスティは人ではない。神である。故に暴けてしまう。


「人に人の神。魔に魔の神。であるならば、《信業》とて得ようものさ。───むろん、人族と同様に限られたごく一部だけれどね」


 カリエは絶句して何も考えられなくなっていたが、ジグレードはそうではない。バスティが何故こんな話をしたか、そう考える。そもそも話の発端はどこだ? 確かユヴォーシュの剣が───


「……なるほど、そういうことか。ユヴォーシュの剣が如何ともし難いのは、《信業》でられたから、という話なのだな」


 《信業》に不可能はない。それが信庁の公式見解だ。ならば、《信業》同士がぶつかりあえば? 単純な話、より強力な方が優先される。ユヴォーシュとロジェスの力量差は厳然たるもので、《割断》がその気になれば剣どころかユヴォーシュの胴体まで悉く両断されていたことは疑いようがない。


 実はバスティからすればあの衝突は冷や汗ものであり、ユヴォーシュが生き残ったときには人目も憚らず快哉を叫んだものである。とはいえそれは余談に過ぎず、自分から語ることでもないので彼女は口を噤んでいる。


 ジグレードはやれやれと言う代わりに背もたれに体重を預ける。宿の主人が淹れた紅茶にそっと口を付けながら、


「全く、最初からそう言えばいいだろう。わざわざ魔族の話を経由する必要がどこにある」


 何とも回りくどい。信庁に喧嘩を売るような説明だ。そう非難してやろうと思っていると、思わぬ反撃。


「だってキミたちがさっさと本題に入らないからさ。ユヴォーシュに会いたいんだろう? ならそう言えば呼んでやるのに」


「ぶッ、ごほ」


 ジグレードとカリエは、揃って赤面した。

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