045話 女子談話その2

「それで、帰ってきたの? ジグ」


「……そうだな。あれ以上は、集中を切らしたまま踏み入れる領域ステージではなかったから。腑抜けているくらいならば帰れと言うのは、道理だ」


 道理とは言うが、納得しているようには見えない。口はへの字だし、考え事のせいか机の上で組んでいる指には力がこもっている───指ぬきグローブから見えている指は戦士の指、戦う術を得るために鍛えられたしなやかかつ力強い指だ。女性らしい綺麗さを捨てていても、カリエはそんなジグレードの指に憧れていた。グローブのセンスはどうかと思うが───そして極めつけは貧乏ゆすりだ。付き合いの長いカリエは、それがの苛立っているときのクセだと知っている。


 しかし───と彼女は考える。こうしてカリエの運営している孤児院に押しかけて来た理由、冒険者のパーティーから外されて帰された理由は、そもそも集中できないことにある。ならばジグレードのストレスは、もっと別のところにあって───


「───ユヴォーシュさんのこと?」


「ッ……」


 分かりやすく動揺した。やはり。


「相変わらず誤魔化すのヘタなまんまだね、ジグ」


 彼女がユヴォーシュ・ウクルメンシルを意識しているのは明らかだ。もともとコロージェ神殿の孤児院育ちの彼女らは、同年代の男子との接点が薄い。仮につながりがあっても同じような孤児たちか、この街に生きる荒くれ者たちばかりで、のような人間は新鮮なのは頷ける話だ。


 ましてや、ユヴォーシュは。《光背》を一目見れば分かる、彼は伝説や神話に登場する主役のような、圧倒的な存在感がある。本人は気どらないが、見る人が見れば一発だろう。


 カリエ自身、救われた恩義を好意に勘違いしてしまいそうなところは自覚していた。彼は私のことなど意識していない、ただ彼がそうあるべきだと信念のもとに動いた結果助けられただけだとしても、それでも……という気持ちを捨てきれない。───目を離せない。


 だから。


「じゃあ、会いに行っちゃえば気分もアガるんじゃない? 私もバスティさんにお礼言いに行きたいし、一緒に行こ」


 そう言ったのに、下心がないと言えば嘘になる。




◇◇◇




「やあやあ、よく来たね。ユーヴィーはいないけどゆっくりしていきなよ」


「「えッ」」


 だからユヴォーシュの逗留している宿、“アルジェスの星見”亭の食堂で見つけたバスティが、開口一番そう言ったときは失望を隠せなかった。


「いないって……どこかご用事が?」


 せっかく孤児院を他スタッフに任せて抜けてきたのに間の悪い。そう思って聞いてみると、


「いやね、部屋で考え事してるみたい。ずーっと折れた剣を眺めてさ」


 ───先日の魔獣騒動。ジグレード狙いで釣り出された魔獣を巡っての冒険者たちの大捕り物は、ユヴォーシュの《光背》であっけなく幕を迎えた。その後、ロジェスとユヴォーシュが大ハシェント像のそばで決闘をし、ロジェスが勝利したというのは今やディゴールの人間なら誰でも知っている話である。今しがたも、宿に来るまでの道中でユヴォーシュやロジェス、魔獣に扮して子供たちがごっこ遊びをしていたのをカリエは見ていた。


 ごっこ遊びも、現実も、最後はユヴォーシュの剣が折れるところで終わる。


「愛用のロングソードだったのだろうな。使い込まれた、いい剣だった」


 ジグレードがしみじみと呟く。カリエはそういう武器の手入れは詳しくないが、ジグレードが言うならばそうなのだろうと納得する。ただ、それに対する返しでバスティが、


「そうだね。ボクが彼と出逢う前から使っているみたいだし」


 とか言い出したので、それどころではなくなった。


 この街に、ユヴォーシュと共にやってきたバスティ。であるならば、彼女はその前も知っていることになる。自分の知らない彼を知っていることをほんのちょっぴり羨ましいと思いつつ、それよりも今は興味が優先される。


「あの、バスティさんって、どれくらいの付き合いなんですか。……その、ユヴォーシュさんと」


「ボクかい? 実はそれほど長くない。半年ってところかな。彼が《信業遣い》になったときに出逢ったのさ」


「もっ、もしかして、そのときバスティさんも助けてもらった、とか?」


「え? あー、まあ、うん、そんな感じそんな感じ。まあこれ以上は秘密にさせてくれ、ユーヴィーに無断で喋るのも悪いし」


 しまった、つい熱くなってしまった、と反省するカリエをよそに、ジグレードはマイペースに自分のしたい話題に戻していく。

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