019話 神誓破談その5

「ユーヴィー? それで、女の子に恥ずかしい話をさせて、どうするつもりだい?」


 声で分かる。バスティは好奇心むき出しでにやにやと笑っているはずだ。全く無神経で傲慢な神らしい。


「止めるのか?」


 バスティは肩をすくめる。肉体的外見的年齢にまったく相応しくない、大人びた所作だ。にも関わらず似合って見えるのは、内在する神秘性───神聖さが原因か。


 彼女はニヒルに口の端だけで笑う。


「そんなことは言ってない。自由にやればいいさ」


「言われなくてもそうするつもりだよ」


 レッサは俺とバスティが何の話をしているのかと訝しげだ。俺たちの顔を交互に眺めている。


「男どもがいくら要求したかは聞かない。どうせ胸糞が悪くなるだけだから。代わりに他の細やかな事情を聞かせてくれ。その輩どもの素性、居所、人数、何でもいい。あとは金を納める期日はいつかとか。ああ、まずはカリエの孤児院からだな。案内してくれよレッサ」


「今から行く気かい?」


「早い方がいい」


「どういうこと? 案内って?」


 未だ話についてこれていないレッサに向き直る。そう言えば、はっきりとは言っていなかった。徹夜で思考力が曇っているのかもしれない。少し仮眠をとってから行くべきだろうか……。ええい、違う。まず説明だ。


「俺がその連中をぶっ飛ばす。ここまで首を突っ込んだら行きがけだ」


「ちょ、っと待って。まずその……ユヴォーシュ? がどうして私たちの事情に『首を突っ込む』のかは知らないけど、それ以上に無理だよ。無理なの!」


「何が無理なんだ。服従して唯々諾々と金を納めなきゃいけない理由が暴力なら、俺が何とかできる」


 レッサは何を言えばいいか迷っているようだ。今にもその場でぐるぐる回り出しそうになって、ようやく絞り出した言葉。


「カリエ姉は、させられたんだ!」


 それはまさしく悲鳴と表現すべきだった。


 始まって早々、俺は今日一番イチ顔をしかめた。


「神誓? そうか、くそったれ」


 バスティの「何だいそれ?」と問いたげな視線───目は仮面で見えないが───を受けて、俺は説明してやる。


 神誓が他のあらゆる契約と異なる点は、絶対に破ることができないという点だ。誓う対象が、誓約者の信ずる神であるから。自分の神へ誓い、それを破ることはこの《九界》では死よりも恐ろしい……らしい。異端なる不信心者、この俺には根っこのところで理解しがたい恐怖ではあるが、世間一般ではそういうことになっている。


 普通の宣誓、契約は、破ればペナルティを受ける。偽証の罪か、金銭的な代償か。いずれにせよ、誓約破りの罪には等しいとされる罰が与えられ、それでその話はおしまいということになる。だが神誓を破れば、信仰への裏切りの罰により破ったものは神に見放される。この世界で永劫の孤独があるとするなら、だ。


 だから、神誓はほとんど成されることはない。結婚ですらともすれば破局が訪れるもの。だが、永遠を誓った二人がその言葉に従えないからといって、命や尊厳でその代価を支払うほどの咎ではないから。神誓とは、極めて重要かつ、絶対に破られることのない約束でのみ用いられるべき代物だ。


 それを連中は、世間に羽ばたいて間もないようなカリエに要求したのだ。


 徹頭徹尾腐っている。俺はそいつらに一切の容赦をしないと決心した。

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