018話 神誓破談その4

「レッサ、話を戻そう。どうしてバスティを攫ったのか。何で金が必要になったんだ?」


「う……。そ、それは」


「言う言わないはキミの自由だけど、ゲロった方がいいと思うぞー。いつユーヴィーの『償え』とか『官吏に突き出してやる』とか言い出すか、ボクにも分かったもんじゃないからね」


「俺を何だと思ってるんだ……」


 俺の抗議ボヤきが耳に入らなかったのか、レッサは俺に縋るような目つきをしてくる。バスティが適当言っているんだ、と説明するのが面倒になって、黙って背もたれに身体を預ける。溜息をひとつ。


「……あたしは、孤児院の出なんだ。コロージェの神殿の」


 コロージェは《人界》の小神、戦勝を司る神だ。


 孤児院はしばしば軍の管轄下にある。俺の属していた征討軍でもそうであったように、軍は賭場と並んでコロージェ信仰の最も盛んな場所だ。コロージェを信じる軍が、あとには孤児が遺される。その子らを引き取り、同じ小神を信仰する孤児院に託す、というのはどこの都市でも変わらない構造なのだ。


 ……更に言うなら、そうやってコロージェの孤児院で育てられた子供たち、彼ら彼女らは軍へと進むことが多い。よっぽど器量がよくなければ、後ろ盾のない孤児が身を立てられるのは軍以外にないのだ。そして軍は軍で、戦災孤児を引き取って面倒を見るのは後々に自分たちに見返りがあることを期待しての行いであり、決して善意からの事業ではない。


 少女、レッサが語る事情も、それにまつわる話だった。


「あたしたちの孤児院はひどいところでさ。保母はあたしたちを口汚く罵ってばかりだし、さっさと追い出したくてたまらないって全身でアピールしてた。出ていくときばっかり笑顔で、ホント最悪なババアだった」


 そういうところもあるだろう。俺の知っている孤児院は、あくまで聖都───神庁のお膝元のものだ。荒くれ者どもの巣窟、ここディゴールの孤児院はそうではない、という話だ。


「ずっと、さっさと出てってやる、って思って生きてた。あたしには友達がいたの。カリエ姉は、あたしよりちょっとだけ年上。あたしとカリエ姉と二人で、こんなクソみたいな孤児院じゃない、居れてよかったと思える孤児院を開くんだ、って」


 レッサの背後、バスティが「ははあ」と声を上げた。何となく話の落着が見えたのだろう。


 俺もだ。


「カリエ姉はあたしよりちょっとだけ年上だから、あたしより先に孤児院を出た。いっぱい働いて、すごい働いて、何とかすごい小さい孤児院を始めたんだ」


 おっと。俺の予想では、レッサの金は“孤児院の設立資金”かと思ったが、外れだったか。一捻りあった。


「カリエ姉の孤児院は街の片隅から始まったわ。軍と繋がりはないから、孤児院にも入れなかった路上暮らしの子たちを引き取るところから始めて、ちょっとずつ大きくして。学がなくてもできるような仕事を見つけてきて、それでも厳しいときはカリエ姉がどこかで稼いできて……。日々は苦しかったけど、それでも温かい孤児院としてやっていけた。───そんなとき、あいつらが来たの」


 自分で聞き出しておいて、そろそろ聞きたくない話になってきた。下唇に力が入っているのが自覚できる。いったん、意識して体のあちこちにできた強ばりをほどく。


「男たちは大勢でやってきて、カリエ姉の孤児院に難癖をつけたわ。孤児院があるせいで、俺たちの仕事がねぇ、この落とし前どうつけるんだ、って。カリエ姉が反論したら暴力で脅して。それで、金を要求したの」


「孤児院をやっていくなら納めろ、って?」


「うん」


 ───なるほどな。それが誘拐の理由か。


 聞かずとも分かる、日々の運営だけで火の車なカリエの孤児院では、到底支払えないだったのだ。だが払わなければ孤児院は力づくで潰される。必死になったレッサが、金をつくるためにバスティを誘拐した。


 くそったれ。俺でも分かる程度の話、それだけそこいらじゅうに転がっている話だ。神も何もあったもんじゃない。

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