020話 神誓破談その6
「連中の言った期日は今日の朝一……。時鐘が七回鳴ったら、って言ってた」
───カラーン、カラーン。
俺たちは硬直する。
折よくか折悪しくかは知らないが、そのときちょうど、鐘が鳴り始めた。
カラーン、カラーン。
時鐘は、二回一組。奇数の場合は追加でもう一回。
カラーン、カラーン。
これで終われば。
これで終われば、カリエの納金まで時間的な猶予ができる。まだ間に合う、まだどうするか相談する暇がある。頼む神よ、どの神でもいい、カリエの祈る神よ、鐘を止めてくれ。
神を信じていない者の祈りなぞ聞き入れられるはずもなく。
───カラーン。
「えいくそ、まさに今じゃないか! バスティ、レッサ、掴まれ!」
「ヒュウ、荒っぽーい」
「え? え?」
俺は叫ぶと小柄な二人を抱える。バスティは愉快そうに俺の腰にしがみついてくるが、レッサは事情を呑み込めていないのか、反射的に俺の手を振りほどこうとする。ふんっ、たとえ《信業》がなかろうと、レッサみたいに痩せっぽっちの少女に力負けする俺じゃない。これでも鍛えてるんだ。
構わず窓を引き開けて、窓枠に足をかけた俺にようやっと理解が追いついたようだ。引き攣った頬で問うてくる。
「まさか、ちょっと、ここ三階だよ!?」
「だから何だ。舌噛むぞ───」
俺は跳び発つ。一瞬で宿が眼下の小さな粒になるまで飛翔して、小脇で絶叫しているレッサに滞空時間で、
「どこだ!」
「なあああああにがあああああ!?」
「孤児院! カリエの孤児院の場所はどこだ! 指差せ!」
「あっち───ぎゃああああああああああああ!!」
悪いが両腕が塞がっているから口を閉じさせてやれない。場所を確認しなきゃいけないから、さっきのように気絶させてやることもできない。目立ったって仕方ない、それより優先すべきことがある。俺はレッサの悲鳴を引き連れて、狩りする鷹の如くディゴールの空を翔け抜ける。
◇◇◇
バザール・ゴージェンは肩を怒らせ舌打ちをしながらちっぽけな
今日の仕事は、縄張り内で勝手に仕事をおっぱじめた小娘の恐喝。前回の訪問の際に、暴力と暴言で神誓させることに成功している。こうなれば楽なもので、今日の訪問で小娘───確かカリエと言ったか、というレベルで彼はまともに記憶していない───から金を受け取るか、小娘自身を受け取るか、どちらであってもバザールには得しかない。
「よオ、お嬢ちゃーん。金の用意ァできたか?」
バザールとその後ろの荒くれ者ども、彼らのドカドカと入り込む足音を聞きつけてカリエが出てくる。この時間に来ると言っていたが本当に寸刻違わず来ると思わなかったのか、どうか来ないでくれ間違いであってくれと祈っていたのか。
「……あのッ、お願いしますっ、もう二日だけ───」
「あー、あーあーあー、そういうのいいからさ。じゃあ行こっか。ないならないで、別案はこっちで用意しといたから」
少女の肩を馴れ馴れしく組むとそのまま歩き出す。バザールの内心ではカリエはもう純然たる商品の認識まで落ちており、会話を交わす必要性は皆無だ。にも関わらずついペラペラと喋ってしまうのは性根がお喋りなせいで、それでしばしば兄貴分にもどつかれているが、こればっかりは直せそうにない。
「カリエちゃんにはこんな埃くせー場所じゃなくて、もっと稼げるトコロで働いてもらうことにしたんだ」
「お願いします、私」
「うるせーな。神誓してんだから『黙ってついてこい』」
バザールの命令が何でもない恫喝ならば、カリエは懇願を続けられていただろう。だが神誓で『カリエはバザールに金銭を支払う、支払えなければ絶対服従する』と定まっているから、カリエの魂がカリエの心をねじ伏せて服従してしまう───黙ってしまう。バザールの歩むままついていってしまう。
配下の低能どもがゲラゲラと笑って、
「お、おお! スッゲ、マジで従うんすね! こりゃいいや、ねえバザールさん! 俺にもちょっと遊ばして下さいよ!」
「調子いい野郎だぜ。おいお嬢ちゃん、『ワクリーに従え』」
「ひひっひ! さすがバザールさん、話が分かるゥ! んじゃさっそく『……』」
「動くな」
その声は、バザールの初めて聞く声だった。
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