013話 探窟都市その3

「……いや言ってなかったって」


「何の話だい?」


 ずっと考えていたが、やはりバスティにその仮面が似合っているとは言っていない。


 あの仮面は、義体が完成したときからずっと付けている。いつ禁書庫荒らしの追手が来るか知れなかったという理由で旅立ち(逃走という言葉は使わないでおく。俺の心の平穏のためだ)の準備をしていた俺がカストラスの工房に戻ったときには義体は完成していて、バスティはどこから調達したのか既にあの仮面をつけていた。おかげで俺は、バスティの義体の素顔を拝んでいないことに今になって気づいた。


 バスティが道行く人に声をかけて宿屋の在処を聞き出し、向かう道中のことだった。


「その話、まだ続いてたのか。いいじゃない、この街はどうやらどうやら度量が広いみたいだ、さっきの人だって全然気にしてなさそうだったよ」


「いや、まあ、それはそうなんだが……」


 ディゴールの人間は後ろ暗いところがあるから過干渉しないように……とかそういう問題ではなく、単純にこの街には人間が多すぎる。信庁の都市政策のもと管理された聖都とは違い、探窟都市は無節操に人を受け入れ・拡張し・複雑化しているのだ。だからいちいち誰かの容姿や何かを気にしているとやっていけないのだ。


 むろん、いざというときに自分の身を守れるだけの警戒心は必要だが。


 メインストリートを宿へ向けて歩くバスティの肩を咄嗟に掴んで後ろに引っこ抜く。


「ふぎゃあ! な、な、何をするんだ!」


「静かに。───《信業遣い》だ」


「へえ? どれどれ」


 力任せに引きずられたことへの苦情もそこそこに、興味津々で路地の影から覗くバスティ。俺の視線の先をじっと見つめて、


「あれ?」


「ああ。ディレヒトの側近の男だ。君に出会う前に見た」


「ディレヒト、ディレヒト……。ああ、キミを《枯界》に追放したっていう」


 俺は頷く。信庁の神聖騎士筆頭、ディレヒト・グラフベル。彼にはバスティの念入りなアドバイスのもと太い釘を刺してあるから、俺を排除しに差し向けたとは思えない。そもそも側近の男は俺たちの前方、どこか目的地へ向かっているように見えるから別件と判断して良さそうだ。


 しかし……何故この街ディゴールに?


「……調べてみるか」


「うーん、賛成。それじゃまずは酒場かな!」


「探すか。一番客入りの多いところがいい」


 二人そろって頷く。


 ……征討軍を辞めて、旅を始めて一つ知った俺自身。


 俺は自分で思っていたよりもずっと、酒が好きだったらしい。




◇◇◇




 宿に荷物を置き、行き交う通行人に手あたり次第声をかけて、十人中六人の推薦のあった“ハシェントの日時計”亭はすでに、この街にやってきた《信業遣い》の話題で持ち切りだった。


 もちろん俺ではなくディレヒトの側近の方だ。信庁公認の《信業遣い》は顔が広まっているらしい。


 不自然でないよう水を向けるのは手間だと考えていた俺は胸を撫でおろし、店に足を踏み入れ、


「おいニイちゃん」


 店員のおっさんが俺に声をかけてきた。


「え? 俺か?」


「そうだよ。ウチは子供連れで来るところじゃねえ、その子はダメだ」


「えあ?」


 一瞬何を言われているのか分からず、完全に気の抜けた声を上げてしまった。取り繕いつつおっさんの指さす方を見れば、そこにいるのはバスティ(の義体)。───確かに、言われてみればどこからどう見ても子供だ。


 俺とバスティは呆然と顔を見合わせる。俺はバスティが神の義体だと知っているから問題はないのは知っているが、事実をここで説明すれば面倒事が群れになって飛んでくるのは間違いない。


 オルジェンス大街道をゆく旅の間は二人きりだったから、二人でぱかぱか飲んでは「俺の分も残しとけよ」「あの男カストラスはすごいねえ義体なのに味が分かる」みたいな会話を繰り広げていたものである。あれも今にして思えば結構まずい構図だった。目撃者がいなくてよかった。


「仕方ない……。バスティ、先宿戻ってろ」


 バスティの顔の下半分が絶望に染まる。そんな顔を向けるなよ、どうにもならないんだから。情報収集だけ済ませたら持って帰って宿で飲み直そう、とか言えないだろ、すぐそこに店員のおっさんがいるんだ。


 ……とぼとぼと去っていくその背中に、ちょっと奮発していい酒をお土産にしてやろうと思う俺だった。

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