012話 探窟都市その2
義体のバスティは日焼けとも違う褐色の肌───南方の小神ユーメルヴィーグを信仰する民が近いか───に、薄桃のショートヘアという神秘的な容姿をしている。賢しらぶった喋り口のくせに背たけは俺の半成人のころよりも低いから、悪く言えば実に悪目立ちする。
せめて仮面は無しならな、と思うのも無理のない話ではないだろうか。
「その仮面、どうしても外せないのか?」
「やれやれ、何回言うんだい。似合っていると言ってくれたじゃないか」
「言ったか?」
「言った言った」
記憶になかった。
思い返してみる。
───学術都市レグマ。信庁の庇護のもと、おおよそありとあらゆる叡智を集め、そして現在進行形で究めている者たちの集う都市。聖都から旅立った俺たちの、最初の目的地はそこだった。
理由は単純で、そこならバスティについての記録が探れるのではないかと思ったからだ。レグマの大図書館と言えば有名だ。《人界》のあらゆる書物が収蔵されているとされるから、《火妖》と《水妖》が立ち入り厳禁なのは聖都の子供ですら知っている。……もっとも、どちらとも会った経験から言わせてもらえれば、どちらも書物に興味は示さないと思うが。
まあ、それはさておき。
文字を追うのが苦手な俺は───学院にいたころもそうだったが、征討軍への従軍期間がますます俺の活字認識能力を衰弱させていた───あっという間に打ちのめされた。めげて諦め、ついには悪夢に魘される俺を見かねて、神体のバスティはこう言ったのだ。
『ボクの身体を用意しよう』と。
鉱物塊の神体を包み、自立して稼働する魔術的義体。バスティが言っているのはそれだった。確かに、身体があれば行動範囲は大きく広がる。一々持ち運ばなくてもいいし、神体を入れる鞄の荷重を気にすることもなくなる。会話をするのにいちいち人目をはばかることもないし、何より俺もこれ以上本を読まなくてもいい。俺は一も二もなく賛成し、さっそくそんな真似のできる魔術師を探し───これがまた、驚くくらい時間がかかった。
ちなみに、魔術と《奇蹟》は本質的に同義だ。信庁公認であれば《奇蹟》、それ以外は魔術。《奇蹟》を扱うのが祈祷神官、魔術を扱うのが魔術師。なお、信庁の公式見解では魔術師というのは存在しないことになっている。征討軍は時に信庁に歯向かう人族の不穏分子を討伐することもあったため俺は知っているが、聖都の住民にとっては魔術師など御伽噺の存在だ。
神体を収め、内部の存在の意志を余さず出力できるほどの義体魔術師。発見できたのは幸運の一言だ。
カストラスと名乗る魔術師だった。
彼は魔術師としての腕は一流だったが、人格も一流とはいかなかった。義体を作るにあたって、ある条件を出してきたのだ。
───レグマの大図書館の地下には禁書庫がある。そこから、『バズ=ミディクス補記稿』という古本を持ってこい。
そんな書物の名は聞いたことがなかったし、禁書庫が存在するのも知らなかった。躊躇する俺に、バスティまで『いいじゃないか、それさえ持って来れば作ってくれるというんだから安上がりだ。いっそ禁書庫からまとめて持てるだけ持ってき給え、通う手間が省ける』などと言い出し、何を言いだすんだこの神はやはり碌でもないな、などと思いつつ。
いざとなれば《信業》もあるし、ちょっと行って借りて、義体を作ってもらったら返せばいいやなどと思った俺は大馬鹿だった。
───大変な騒動になった。
レグマは上を下への大騒ぎ、大図書館は完全封鎖。はしゃぐバスティを小脇に抱えて、俺は警備用の《
結局、図書館での調査のために用立てたバスティの義体が原因で、図書館ひいては街から逃げ出すのでは本末転倒だが仕方ないだろう。
……まあ、そもそも。
レグマの大図書館は、《火妖》、《水妖》の立ち入りを禁止しているのと同じ理由で。
館内で《奇蹟》や魔術を使えば即座に検知され、つまみ出されるから魔術的義体のバスティは入れなかったのだが。
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