014話 探窟都市その4

 ……気を取り直して。口八丁はバスティの得意技で、俺はさっぱりだがそうも言っていられない。


 バスティを帰しておいて情報はですなんてことになれば、果たしてどれほどの罵倒が飛び出すか想像もつかない。ヘタをすれば手が出る。


 俺はジョッキを片手に、一番盛り上がっているテーブルに首を突っ込んでみることにした。


「どうした、随分と愉快そうじゃないか。なんかあったのか?」


「ああ? 誰だか知らねがユカイなもんか! ったく冗談じゃねえよなあ!」


 肩をどつかれた。


「な、何が冗談じゃないって? 俺ぁこの街に来たばっかりで詳しくねえんだが」


「そりゃツイてないな兄ちゃん! この街ゃあもうおしめえよ! 店じまい店じまい!」


「信庁のお偉方さまどもがよォ、なーに《信業遣い》とか寄越してくれちまってンだって話だよ! なぁ!」


「この街ゃあ《冥窟》を中心に回ってんのよ! なんてったって探窟都市だからな」


「それが、《信業遣い》なんざ来た日にゃあ《冥窟》が根っこっから潰されちまう! そうなった日にゃ俺らおまんまの食い上げだァ!」


「奴らァどうせこの街の冒険者組合ギルド通す気なんざこれっぽっちもねぇぜ。だーったらよォ、いっそ俺らで……」


「ギャハハハハ、ブレスカ、テメェもうベロベロじゃねえか! 冒険者が《信業遣い》に勝てるワケねーだろが! 帰って寝やがれボケナス!」


「《信業遣い》どころか、オメーはついこの間も《龍人ドラゴニュート》に殺されかけてたろうが! 潮時だからとっとと冒険者辞めちまった方がいいんじゃねえのか、オオ?」


「んだとォ!?」「やんのかァ!?」


「……な、るほどなぁ」


 荒くれものが五六人、怒涛の勢いでまくしたてるものだから色々と耐えがたいものはあったが、まあ、事情はおおむね一発で掴めたと言えるだろう。


 探窟都市ディゴールは《冥窟》と共存している。治安が悪く物騒なのは確かだが、それは裏を返せば《冥窟》を最大限活用するのカタチなのだろう。冒険者組合に顔を出して確認する必要はあるが、おそらくこの街の冒険者は《冥窟》の核を破壊しないように協定を結んでいるに違いない。核を破壊しなければ《冥窟》は殺せないということはつまり、核が残っていれば《冥窟しげん》は生き続けるということなのだから。この街は《冥窟》という資源に最適化された構造をしているのだ。


 そこに信庁から《信業遣い》が訪れた。彼がどういう魂胆かは知らないが、その気になれば街の事情など無視して《冥窟》を殺してしまえるから、住民は戦々恐々としているのだろう。


 ……本音を言えば、俺も《冥窟》を踏破するつもりでこの街に来ていた。《冥窟》踏破者には富と名声が約束されるから、信庁にもおいそれと手が出せなくなるのではないかと考えてのことだ。


 だが、街ひとつを敵に回してまでやることじゃない。


 目論見は露と消えたが、俺はそこまで残念ではなかった。俺の知らない生き方、俺の知らない強さが知れただけでも、この街に来た甲斐はあったというもの。


「まあまあ、喧嘩すんなよおっさん。お陰で色々知れてよかった、一杯奢るから仲良くしろよ、な!」


「なんだ兄ちゃん、お前いい奴だな! よっしゃ乾杯だ乾杯、おらブレスカおめぇなに下らねえことで喧嘩してやがる!」


「うるせえ、男には譲れねえ一線てモンがあんだよ」


「ジョッキの一杯よりもか? 要らねえならおめえの分は俺が」「いや俺が」「俺が」「俺でもいいだろ」


「……要らねえとは言ってねえや。クソ、乾杯! ハシェントの導きに乾杯!」


「乾杯!」


 酒場ってのはいつでもどこでもこんなもんで、最終的には酒が全てを押し流してくれるから気楽でいい。


 俺もジョッキを掲げる。

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