007話 棄神邂逅その3

「さて、これで信じてもらえたかな。それじゃあボクを連れて帰ってくれ給えよ」


 自分の言葉が100%受け入れられると信じ切っている声のバスティに、こんなことを告げるのは心苦しい。しかし俺は、


「───ダメだ。帰れないし、連れていけない」


 きっぱりとそう返さざるを得ない。バスティは激昂するか狼狽するかと思ったが、存外落ち着いて口を開く(そういえば神体はどうやって喋っているのだろう?)


「おやおや。どうしてだい? ボクの命に従えない、その理由が聞きたいな。それともまだ信じられないかい」


「神であることはもう疑っていない。だが、問題は《なのか、だ」


 バスティを拾った───というか掘り出した───ここは《枯界》、何も存在しない虚無の僻地だ。そんなところに存在する神が、果たして《人界》に持ち込んでいい神なのか?


 不敬を覚悟で俺が糺すと、バスティは「ははぁ」と笑って、


「キミはつまり疑っているワケだ、『この神は自分と同じ流刑者じゃないのか?』って」


 図星だった。


 この何もない地に棄てられた存在とはつまり、棄てた存在にとって不都合だということは俺が一番よく分かっている。ユヴォーシュ・ウクルメンシルが異端認定されて《虚空の孔》刑に処されてここに漂着したように、バスティもどこかからここに棄てられたのだとしたら。


 そして、そのどこかの可能性は二分の一。《枯界》に繋がる二本の《経》のうち、一本は俺のいた《人界》だ。


 バスティが《人界》に害成す神だとしたら。


 異端認定されて棄てられた俺と同じく、《枯界》に棄てられた神だとしたら。


 無論、この神は《人界》の神で、人族にとって有用な神かも知れない。もしかすると《枯界》にあるのは廃棄ではなく亡命で、《人界》に価値あるものだからこそ遠ざけられ、隠されていたのかもしれない。だが、もしそうでなかったら。そのとき俺にはどうしようもない。


 俺とて《人界》に帰れるならば帰りたい。だが欲に従って自分の手に負えない災いを持ち込むくらいならば、俺は覚悟を決めよう。


「なに、気にすることはない。ユーヴィー、キミはもう今までのユーヴィーじゃない。キミには力があるだろう?」


「だから?」


「刺々しいなあ。ボクが言いたいのはさ、キミがその気になれば、ボクの神体だって破壊できるってこと」


「《人界》に害成すなら、《信業》を使って俺が斬れ、と?」


「できればそうはなって欲しくないかな。でも、そう思えば少しは気楽だろう?」


「どうかな───」


 神を斬る、という罪が果たしてどれほどのものか、想像するのは難しい。だが、論理的に可能だからといって誰にでもできることではない。


 この世界でどうやら俺は、異端と呼ばれる不信心者らしい。ならばこの未知なる神を疑い続け、見張り続け、価値を計れるのは俺だけだ。


「───いいよ、分かった。《人界》に帰ろう」


「良かった。それじゃあ行こうか」


「ああ、けど、《信業》って《経》も開けるんだな。どうやるんだ?」


「さあ?」


「えっ」


「あ、言い忘れてたっけ。ボクは記憶喪失で、《枯界ココ》で存在を自認するより前の記憶がない。だからここから脱出する方法は、キミがその《信業》とやらに習熟して見出すしかない。頑張ってくれ給え!」


「───はァァァァッ!?」




 ───そうして。


 俺こと、ユヴォーシュ・ウクルメンシルは記憶喪失の神バスティを拾った。


 すべては、そこから始まったんだ。

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