006話 棄神邂逅その2

 本当に神体かどうか疑うのはこの際後回しだ。仮に騙りだとして、不敬なのはこの《遺物》であって俺じゃない。だがもし万一これが本当に神体なら、不敬は俺の罪になってしまう。


「やれやれ、神体の取り扱い方も知らないとはね。どんな教育を受けたのやら」


「どうかご容赦を……。御身など触れることなど、ええと……」


 最上級の尊敬語なんて咄嗟に出てこないもので、どもる俺を神体は笑い飛ばした。


「良い良い、気にしないで。ああは言ったけど、落としたくらいで神体に傷なんかつかない。埋もれていた神体に威光もへったくれもないだろ。ちょっと落とされるくらい、むしろ久しぶりの刺激で楽しいくらいさ」


 要するに目こぼしをされたということらしい。……助かった。


「というか、堅苦しいのは面倒だ。ボクのことは気楽にバスティと呼びなさい」


 本物の神様だろうか。本物にしてはフランクだなと思ったが、まず本物の神様に目通りしたことがないので比較しようがなかった。


「畏ま……分かりました。俺はユヴォーシュ・ウクルメンシル、信庁征討軍の……いや、今はただのユヴォーシュです」


「訳アリだね、ユーヴィー。まあ察しは付くけど」


「ユーヴィー?」


「キミの愛称。今日からそう呼ぶことにした」


「はあ、まあ別に構いませんけど……」


 いつまでも手で支えているのも落ち着かないので、一旦神体を下ろすことにする。地面に直置きは憚られるので、神体を小脇に抱えて上着を脱いでいると「それもどうなんだ……」と言われた。


 閑話休題。


「さてさて、ユーヴィー。キミに声をかけたのは暇だったからだ」


「はあ」


「生返事だな。理由はどうあれキミにとっても得な話だというのに」


「はあ」


「……。まあいい。キミは言っていたろう、『こんなところで死にたくない』みたいなことを」


 確かに言った。頷く。


「それはボクも同じでね、このまま終わりたくはない。だから協力しよう。ボクがキミに力を授けてあげるから、キミのいた世界へボクも連れて行ってくれ」


「そんなことが───出来るのか?」


「おいおい、ボクを誰だと思っているんだ? 神だぞ」


 胸を張って、鼻高々、といった形容ができそうな自信満々具合。卵型でそんな風に言われても、と思っていると、


「それに間違っているぞ、出来るじゃない。


 そんなバカな、何も変わっていない。《信業》を授けるのには信庁での儀式が必要のはずだ。


 バスティは事もなげに言う。


「祈ってご覧。ほらまずは、その突き指よ治れー、って」


 《信業遣い》になっているかどうか、試金石ということらしい。


 半信半疑でズキズキと痛む左人差し指をぴんと伸ばして、治るよう念じる。


 ───パリ、と紫電が走る音がした。


 《顕雷けんらい》、というらしい。


 《信業遣い》の祈りを神が受け取り、神が《信業遣い》に返したときに発生するとされる現象のことを指す。神と人が通じ合ったあかし。


 それが発生して、突き指に纏わりつくように走ったかと思えばもう痛みがなくなる。折り曲げれば一目瞭然で、神体を掘り出す前の状態にナオっている。


 もはや疑いようもない。


 《遺物これ》は神で、俺は今や《信業遣い》と成った事実を。

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