ピークタイム
紀伊谷 棚葉
ピークタイム
人間生きていく日常の中でいくつものピークタイムを経験しているはずだ。
好きなアーティストのライブや、好きな人とデートの前日は、興奮のピークタイムを。
重要な会議のプレゼン5分前や、好きな人へのプロポーズ直前には、緊張のピークタイムを。
会社での昇進祝いや、愛し合う二人が永遠の愛を誓いあう時には、幸せのピークタイムを。
そして今まさに俺もあるピークタイムの真っただ中にいる。先程のものとは少し毛色は違うが、ピークには違いない。
睡魔だ。ものすごく眠たくて眠たくてたまらない。
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ヨゥ♪ヨゥ♪
昼飯食べて午後からデスクワーク♪朝ごはん食べ損ねたよコーンフレーク♪
そのせいで大盛にしちゃった牛丼♪ふくれた腹をたたくぜポンポン♪
だからとってまぶたが重い♪仕事が進まず悲しい思い♪イエーイ♪
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ハッ!いけないいけない。あまりも眠たかったからか、夢の中でくだらない韻を踏んでしまった。だが確かに、このままでは仕事は進まない。残業コース確定だ。この睡魔をなんとかしなければ…。
とりあえずトイレに行って顔を洗ってこよう。
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よし、少しばかり眠気が取れた気がする。顔を洗ったついでに髪も少し濡れちゃったけど、そのうち乾くだろう。
さあここから本気だすぞ!最近転職してきた隣のデスクの望ちゃんに俺のかっこいいキーボード捌きを見せてやるぜ!
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…やっぱり睡魔には勝てなかったよ。眠い、眠すぎる。もう眠すぎて今すぐ俺の所にフカフカのお布団を用意してくれるかわいい妖精さんデモアラワレナイカナー。
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「先輩!ここにフカフカのお布団、敷いときましたよ!お仕事はいったん中断して、仮眠とっちゃいましょ!
最近は昼食後の仮眠を導入している企業も増えてるようですから、大丈夫ですよ。
あ、もしよかったら一緒に添い寝でもしましょうか?先輩が良ければですけど…」
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ハッ!しまったしまった。あまりにも眠たかったから欲望丸出しの夢を見てしまった。まさか望ちゃんが妖精役で出てくるとは、起きるのもったいなかったな…。もう少しで添い寝できたのに…。夢の中でめちゃくちゃ手をワキワキしてたのに…。あ、画面にめちゃくちゃな文字列がある。寝ながら打ってたのか…。
どうやら顔を洗うだけじゃ睡魔のピークは過ぎてくれないらしい。仕方がない、休憩室の自販機で冷たい缶コーヒーでもあおるとしよう。冬場の少し暖房の効いた職場であったかい飲み物なんか飲んだら、逆に眠気が加速しそうだ。
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まさか寝ぼけてあったかい『おしるこ』を買ってしまうとは…。わざわざ買いなおす羽目になってしまった。今月はネトゲに課金しすぎて財政ピンチだっていうのに。しかも俺甘いの嫌いだから飲めないし…。
そうだ、望ちゃんにあげよう。女性は甘いの好きって昨日見たテレビでやってたし、おしるこでも大丈夫だろ。
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望ちゃん、おしるこ渡した時なんだかぎこちなかったな。おしるこ嫌いだったのかな…。まぁ、いいや。目も覚めたし、ここからが仕事に本気のピークタイムだ!
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時は夕方、一人の女性が友人と電話をしながら帰路についていた。
「転職した職場環境?うん、良い感じだよ。あ、そういえば、隣のデスクの先輩がすごくいい感じなの!お昼ご飯の後ってみんな眠たいはずなのに、その先輩リズムとりながら構想を練ってる感じでさ、いかにも仕事できる人みたいな印象なんだ!
あと、お手洗いから戻ったら髪とかキレイになってて、身なりに気を配れる男の人って好感持てるよね!その後すごい速度でキーボード叩いてて、仕事への熱意がある人だって思ったし。
それにね、冷え性の私にあたたかい飲み物くれたの!すっごい紳士的じゃない?おしるこだったんだけど、それって和の心を忘れてない素敵な殿方っていう風にもとれるよね!でも、渡された時にちょっと意識しちゃってお礼ちゃんと言えなかったんだ。
え?その先輩と一緒に帰らないのかって?今日は先輩すごく忙しそうで、私が帰る時もまだ仕事してたから声かけれなかったんだ。うん、明日コーヒーの差し入れでもしてみようかな。あ、そろそろ切るね、話聞いてくれてありがと!じゃあねー」
もう一つのピークタイムがはじまるかもしれない。
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時刻は終電前、暗がりのオフィスに灯る一台のパソコンの明かりが男を照らしていた。
「仕事、終わらねー」
ピークタイム 紀伊谷 棚葉 @kiidani
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