第5話

 森は神聖な場所、畏怖すべき場所、魔女、妖精、巨人、小人の類である悪霊や怪物の住処である。少なくともイギリス産業革命前の科学が発達していない時代には、そういったことが信じられていた。

 そして、当時の人々にとって一番の仕事である第一次産業資源ともなる木々が生息し、それ自体に生命が宿っていることを理解していることも然り。夜の深淵で満ち足りた場所に恐れをなす者たちがいる。逆に恐れ知らずな蛮勇の若者たちもいた。

 ホーッホーッと、梟の鳴く音を聞きながら、四人は楽しそうに余興を行っている。

「本当だって。この奥に進んだ先に、背格好の小さい幽霊が出るんだって」

「まっさかー、出るわけねぇだろ。まあ、下らない度胸試しだ。さっきからお前、ビクつきすぎなんだよ。なんだ、怖いのかよ?」

「俺らが警戒しなきゃいけないのは、狼に野犬くらいだ。幽霊なんて可愛いもんだろ?」

 最近、村では一人の住人が昼間に森の奥で、幽霊を見たと話題になっていた。

 娯楽が少ない世の中、村の衆でも青年の彼らは直ぐに目の前の奇怪な現象へと興味を持つ。見間違いでも構わない、面白い話題があるだけでいい。二人ほどが片手に松明を携え、周囲を煌々と照らしながら先へと歩いていく。腰には鉈を携帯し、残りの二人は農機具であるくわすきを肩に担ぎ上げている。

 今現在の時期は小麦の収穫も終えて、秋から冬に差しかかろうというところ。できるだけの衣類を着込んで防寒していても、白い息は出続けるし耳もかじかむ。

「酒でもあればな。こんなに寒いなら、業突く張りの領主の家からでもかっぱらって来れば良かったぜ」

「無理だ、どうせバレちまうよ。水車の使用禁止なんて出されたら、麦も挽けずに俺らが干からびちまう」

「穴兎か鹿でも食えれば体も暖まるんだけどな。無断で収穫してみろよ。待ってるのは鞭打ちで出来た痣、腫れ上がって出る痛みの熱だけだ」

 設置や修理費などで莫大な費用のかかる水車は領主の物。森の動物を捕えることにも正式な許可が必要だった。

 彼らは不満を漏らしつつ、村の誰が美人かを楽しそうに話し合う。森の奥へとさらに足を進めていく。幾つ歩いただろうか、普段決して入ってはいけない禁忌とされた場所の入り口付近までやってきた。

「ここまでだな。これ以上先に進むのは、村の掟に触れる。引き返すか?」

「木の上に黄色い布が括られてるな。まあ、所詮は戯言だったってことだな」

「おいおい、ここまで来ておいて、そりゃないだろうがよ。こっから先に進まないと、度胸試しの意味がないだろ?」

「村の爺さん連中の話しなんて、当てになるかよ。もうとっくに昔の話だ、森の魔女も骨だけで滅んでんだろ?」

 一人の男から『森の魔女』という単語が出だす。言葉の意味は、六〇年前に村で起こった出来事に由来している。村の猟師が、いつものように早朝の山に入る。奥まで進み、丁度今いる青年たちの場所まで辿り着いた時のことだ。場は異様なほどの血臭で漂う光景が広がっていた。

 狼、熊、野犬、猪。森に住む屈強な獣の生首が、多量に一箇所で集められていた。首塚はピラミッドのようにして山積みにされている。

 天辺の生首に挟まれている布が靡く。黄色い布には死骸の血を使って描かれた文字。

 『この先の土地は魔女が貰い受ける。これより先に足を踏み込んだ者は、デゥラハンとなりうる』と、脅すような文言が書きこまれていた。使われている表現のデゥラハンとは首無し騎士の意、即ち首から上を失うことを示唆している一種の警告だった。

 それ以来、村では禁忌の一帯として足を踏み入れてはいけない空間と決り事になっている。二人は引き返そうとするが、残りの二人は怖気づいたのかと笑いながら先を促し続けた。

「一昔前なら、教会から魔女狩りの審問官なんかが来ても可笑しくなかったんだけどな。今じゃ、そんな気概も無いから騎士の討伐隊も来やしねぇ」

「魔女裁判の大粛清も終わっちまったんだよ。都市のほうじゃ、未だに火炙りが続いてるだろうがな。こんな片田舎だ、それに当時から魔女に殺された人間だって一人もいやしないってんだ」

「いもしねぇホラ吹き話だ、どうせだから俺らで確かめてやろうや?」

 青年たちは村の掟を破り、先へと進みだす。あるのは獣道が散見され、小川の奏でる静かな流れの音と梟の鳴き声が一つだけ。燃やしている松明から照らせる範囲には限界があり、後はただただ静寂だけが黒の世界に広がり続けた。

 ――歩く、ひたすら四人が奥へと歩いていく。比較的夜目の利く一人が、やがて仄かに光っている灯りを視界に納めた。

「なぁおい、あの家が魔女の家か?」

「まさか、あんなボロいのがか? ただの一軒家じゃねぇか、それにしても今頃夕食の支度かよ?」

 彼らの目の前にあるのは一軒の明かりが灯る家だけ。木の柱で組み上げられたものに練りこまれた土壁があり、屋根は藁で覆われている。簡素な造りの建物に、四人は入り口から扉を開けて中へと入っていく。中央に位置する暖炉代わりの釜戸では火が通り、煮込まれたソースパンの中身がグツグツと音を立てていた。横には鉄串と火避けの濡れ藁で出来ている丸い盾が置かれている。

「なんだよ、留守じゃねぇか」

「あるのは、しけたもんだけだっと。お、酒が樽で置いてあるぜ? しかも腐ってねぇ、おい、そこらにコップでも転がってないか?」

「村八分になった人間でも住んでんのかよ、魔女をも恐れぬ大罪野朗だな。俺らより肝が据わってんじゃねぇの?」

 けっして一つの住居として広くない中で、各々が適当な場所に腰掛けだす。木で作られた椅子、テーブル、ベッドへと座り、楽しそうに喋りながら室内をぐるりと見渡していく。一人が嬉しそうに吊り下げられていた干し肉を毟り取る。酒樽から酒を注ぐためのジョッキは一つしかなく、彼らはそれを回し飲みするようにして体を温めていく。

「生意気だな、堂々と勝手に狩猟なんかしやがって。しかも兎が六匹も加工されてやがるぜ?」

「生臭修道士の密猟並みじゃねぇか。奴らは腕力なんてありゃしないからな。それにしても、禁猟に禁断地への踏み込みなんてやらかして。ここは、逃亡罪人のねぐらなんじゃねぇのか?」

「だったら俺らでふんじんばっちまえば、褒賞金が出る可能性があるな?」

「なんだよ、やるなら山分けだぞ?」

 酒が入っているせいもあって、皆が一様に興奮しながらいきり立つ。次から次へと面白そうな話題に刺激を感じ、普段から得られることが出来ない満足感に浸り続ける。

 キィ――と、突然に錆びた蝶番の軋む音がした。

 全員が一斉に視線を向けだす。彼らが注目した場所では少女が一人、棒立ちのまま戸の出入り口に手をかけた状態で青年たちを見据えていた。

 焦点がぶれ続けるように目が一定に落ち着かず、唇も小さく震えている。それは、何かを必死に押さえ込んでいる動作のようにも見えた。

「――今すぐ、ここから、出て、行きなさい。私が、怒りを、抑えているうちに」

「はぁ、なに言ってんだこのガキ。おい、お前の親はどうしたよ?」

「今なら、見なかったことに、しておいてあげる。死にたくなかったら、もと来た道へ戻って家に帰りなさい」

 少女が強烈な苛立ちから言葉を途切れ途切れに搾り出す。爆発しそうな感情を必死に抑え込みながら、善の心を持って彼らに接していく。だが、酒によって思考力の鈍ってしまった四人の青年は、自身たちの抱えた巨大な爆弾が見えなかった。

「死にたくなかったら? えらっそうに、ガキがなに言ってんだ?」

「ぶっはははははははは、頭がおかしいんじゃねぇか?」

「こんな辺鄙へんぴな森の中に住んでんだ、母親はきっと魔女だぜ?」

くぼんだ目に鷲鼻の醜い顔ってか!?」

「ぎゃはははは、違いないっ!」

 終わった。この青年たちの生涯はここで幕を閉じたのだ。良心の欠片を砕かれた少女が、獰猛な心を持って蔑んだ視線を向けだす。

「笑えない冗談が好きなようね? そうねぇ、侮辱は貴方達が先だった。確かに貴方達が先だったのよ――――だから、これから皆殺しにあっても文句ないわよねぇ?」

 音は無い。あるのは何かが揺れたかのように感じさせる、一瞬の風圧だけ。あとは、少女が一人の青年の前で腕を振り上げ、そのまま振り下ろしたような動作が確認できたのみ。

 ベチャッと生々しい音は、誰かの左腕が地面に落ちたものだ。

「ぎゃあああああっ! うえ、お、おれ、俺の腕がぁあああああ!?」

「ピーピーさえずって五月蝿いわよ、屑が」

 左腕が落ちた青年の首から上が千切れ飛び、即席の噴水が出来上がる。血臭が充満し、一瞬にして室内がパニックになりだす。少女の瞳孔が縦に細くなっていく。人間ではない生き物が、その場で獣の嘶きを上げた。

 この場にいないはずの犬の吼える声、一つの家屋を中心にして雄叫びが辺り一面へと広がっていく。青年たちは誰一人として悲鳴を上げることが出来ない、腰を抜かして逃げれない、ショックを受けて泣き喚くことさえ許されない。

 発光した二つの目が、犬歯を剥き出しにした小さい口が、彼らに裁きを告げる。

「お母様を罵った報い、死をもって償ってもらうわ。一回きりの侮蔑だけで引き裂かれた死体になるだなんて。貴方達は随分と高い代償を支払ったものね?」

 深い森中にある家屋から、三人の断末魔が聞こえる。夜空に木霊し、永続するかのよな錯覚を深淵に印象付けた。先を見失っていた一人の少女が、ひっそりと暮らしていた六〇年という歳月。眠っていた生活に終わりを告げた瞬間でもあった。


     ◇


 霞のかかる朝も早い時間。騎士の鎧を着込んだ青年が凛々しい顔付きと共に、鞘から剣を抜き放つ。スラリとした両刃の刀身は澄み切った輝きを放ち、主人の初陣を祝っているかのようにも見える。ふっと、笑いながら再び剣を鞘へと収めていく。次にこれを抜くときは、敵と対峙した時だと心に誓う。誰かの戸をノックする音が聞こえた。

「誰だ?」

「私です、カリッサです」

 カリッサと名乗った少女が、ドアを開けてから一礼して入室してくる。とても心許なさそうな表情をしながら、俯きがちに話し掛けてきた。

「エダスお兄様、もうご出立なされるのですか?」

「ああ、初めての正式な任が下ったんだ。見習いも済まし、洗礼の儀も済ませた。これから暫くの間を留守にするが、カリッサも一二だ。母上と二人、家のことを頼む」

 エダスがにっこりと笑い、幼い妹の頭をゆっくりと撫でまわす。騎士階級で中位に位置するブーランジェ家には、四つ歳の差が離れた兄妹がいた。

 今年、兄のエダス=ブーランジェは一六にして成人を迎え、騎士になる条件も満たしている。今日はその初任務、彼は地方討伐を請け負う。時間をかけて着込んだ鉄の鎧が擦れ合う金属音を鳴らす。鉄の塊は男と一部の女には頼もしく、幼い少女には物々しい畏怖としてその眼に映りこむ。

「お兄様……、今回の任は危険が少ないと、お父様からお聞きしております。ですが、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「心配性はカリッサの悪い癖だ、なにも問題ないよ。遠征といっても一週間程度で戻れる距離、お前は安心して帰りを待てばいい」

 もう一度ほど大切な妹に笑いかける。部屋の外に控えている女給に出立を告げて一礼すると、両親にも挨拶を済ませて館の門を後にした。

 馬に荷物を積み込み自身も鞍へと跨ぐ。馬上して都市の大門まで来ると、討伐の隊が二〇人ほどで待機して同じように馬の背へと跨り隊列を維持している。

 近づき点呼の確認を終えると、目的地への出立まで馬を降りて一休止入れる。顎に反り返った傷のある、一際に屈強そうな壮年の男がエダスへと話し掛けてきた。

「エダス、お前で最後だ。問題がなければ出発するぞ?」

「大丈夫です、ダウィル隊長。――聞いていた人数よりも随分と多いようですが? これから討伐する対象は、それほどの集団なのですか?」

 彼の指摘に傭兵隊長のダウィルが小さく笑う。場がひりつくような剣呑な雰囲気を纏っていた。

 鎧を着込んだ騎馬の正規兵が一〇騎、雇われ傭兵が八騎、幌の付いた馬車に二人の傭兵が乗っている。これだけの大規模な人数で、一体どれだけの大捕り物を行うというのか。

 騎士側にも纏め役はいるが、総指揮は傭兵側の部隊長であるダウィルとなる。今回、貴族領主からの要望で、経験豊富な彼がこの討伐部隊の先陣を切る責任者だ。

「まあ、急遽の補充だ。俺たちの前に傭兵部隊三〇人が全滅したそうだからな。正規兵以外に念を入れてのことだろう」

「三〇っ!? はぁ……、了解です」

 エダスは驚きながら曖昧に頷く。傭兵が用意していた見慣れない装備に対し、更に目を見張った。長柄の筒を馬の鞍から伸ばしている。なんだ、あの不思議な棒状のものはと。訝しんで様子を観察していると、頭上から声がかかりだす。

「なに間抜け面してんのよ、朝っぱらから寝惚けてんじゃないの?」

 馬に跨った状態で傭兵の女性が声をかけてきていた。エダスは不満げな顔で、同い年の女性へと返答する。

「お前こそ。相変わらずの憎まれ口が治らないな、チェシア? 騎士の真似事とは、勇ましいことだ」

「これ以外の稼ぎ方を知らないし、娼婦か女給なんてよりはマシよ。それより、あんた銃を随分と珍しそうに見てるようだけど?」

「銃? なんだ、それは?」

 生まれて初めて聞く名称に、思わず首を傾げてしまう。一五世紀に開発されて一六世紀初期という時代。火薬を使用した火縄マッチロック銃は世間に出回ってからまだ珍しく、一般的に知られている物は大砲がいいところ。エダスの良く理解出来ないといった表情に、チェシアが鼻をならして笑いだす。

「あはは、ブーランジェ。あんた、やっぱりお坊ちゃんじゃん」

「なにを!?」

 無知を馬鹿にされてしまい、青年のプライドが傷つく。握り込む拳に、手甲が鈍く音を立てて連動する。二人のやり取りを見かねたダウィルが、溜息を付きながら仲裁に入った。

「止めんかチェシア。あと数年もすれば、お前の雇い主はエダスなのかも知れんのだぞ? 売るのであれば、喧嘩ではなく恩を売っておけ」

「えー、私はこんな貧弱な奴の下で働くのは御免ですよ~。早死にはしたくないですから、雇い主くらい自分で選びますー」

 彼女が指差し、心の底から嫌そうな顔をしだす。我慢の限界を迎えたエダスが思い切りその場で叫ぶ。

「ふざけるな!? これ以上は、騎士への侮辱と受け取るぞ!?」

「エダス、銃の説明は移動がてらに教えてもらえ。お前は自分の持ち場である、騎士長の場所へいけ」

「……はい」

 エダスは渋々といった感じで、バツの悪そうな顔のままに移動を開始する。馬に跨って自身の本隊へと足を向けた。

 都市の大門を抜け、隊列を組みながら目的の場所を目指す。晴れの時間に長閑のどかな風景が続き、所々で欠伸の声も聞こてくる。常に聞こえるのは甲冑の金属が克ち合う音と、馬の蹄が大地を踏みしめる音だけだ。一騎の鎧を着た人間が、ゆっくりと後続の傭兵部隊へと歩調を合わせていく。

「エダス、やはりお前は変わっているな。なんだ、お仲間との順行の方が、息が詰るのか?」

「まあ、そうなります。騎士道は尊びますが、体裁や自慢話は退屈そのものです」

 嫌気を溜息と共に吐き出す。訓練と任務以外は道楽に興じ、出世の事ばかりを考えている。反論することは無いが、なじむ気にもなれない。

「ははは、お前は変わっているな。精神は尊ぶが嗜みを好まんとは、贅沢な考えだ」

「贅沢は理解してますし、それに見合う覚悟も出来ているつもりです。一種のコミュニティーから外れれば、落伍者としても扱われますし。ですがそれ以上に息が詰まっては、寿命のほうが先に来てしまう」

 ダウィルが豪快に笑う。若いなと思い、真直ぐな志を羨む。熟練の傭兵は、これからが人生の始まりを迎える青年という希望がまぶしく見える。

「俺達傭兵だとて、騎士と中身はなんら変わらん。ふってわいた喧嘩もすれば、毎日が馬鹿騒ぎだ。賭け事、女、酒、まあそんなもんだ」

「気取ってない分、まだマシです。表裏があるのも、武人を目指す者としては女々しすぎる」

「気骨があるが、余裕を持つことも大切だな。気張りすぎるなよ」

 どんと、背中を叩かれてエダスが鎧の上から衝撃を受ける。ほんの少し咳き込むと、胴周りを整えていく。生身の背中で打たれたら馬上から転げそうだと、絵にならない状態を思い浮かべて苦笑してしまう。

 親と子の年齢差がある二人でのんびりと話していると、前方にいたチェシアがゆっくりと馬の移動速度を落として真横に並ぶ。

「隊長。ちょいと、聞きたいことがあるんですけど」

「なんだ?」

「今回の討伐対象になる夜盗って、何匹程度になるんです?」

「ああ、夜盗じゃない。俺も信じられん話だが、凶暴な熊でもなんでもない、ただの人間一人だそうだ」

 ダウィルが無精髭を撫でながらいい、エダスが吃驚して今度こそ危うく落馬しそうになる。

「一人!? 討伐対象の人数は、たったの一人だというのですか!?」

「ブーランジェ、うっさい。私の耳元で大声出すな」

「痛た! チェシア!」

 チェシアが片耳を抑えながら、エダスの頭に拳骨をいれていく。若いもの同士がいがみ合うなかで、ダウィルは淡々と話を進めていく。

「逃げ出してきた村人たちの話では、敵は徒党を組んでいる様子が無かったらしい。夜の遅い時間に遊んで帰宅しなかった村人のために、次の日の朝から男連中らだけで森へ入ったそうだ。帰ってきたのは幾つかの生首が森の入り口で転がってただけ。なんとも、薄っ気味の悪い話だろう?」

 ダゥイルが自身の喉仏に指先を当てながら答える。

「村からの要請で今みたいに傭兵と兵士が討伐隊で森へ入るも、また森の出入り口に生首が転がる。それでだ、今回は正騎士を含めた二〇人での編成が組まれた」

「薄気味悪い話ね。毎回殺したヤツの首だけが転がるなんて、どんな冗談よ。これを一人でやってるなら、正しく化物じゃない。ブーランジェ、アンタのせいでこっちは貧乏くじよ」

「なぜ、こちらに否ができあがるんだ!」

 エダスは実直だが、皮肉も冗談も通じない。本人が侮辱ととれば、直ぐに怒る癖がある。チェシアが指を刺しながら笑い、ダウィルが呆れ気味に注意した。

「チェシア、からかうのは終わりにしろ」

「あはは、だって、わかり易いじゃないですか? 暇つぶしには良いと思いません?」

「なんだとっ!?」

 エダスが限界に達し、抜刀せん勢いで苛立ちを高めだす。これにも嗜めの言葉がはいる。

「エダス。お前も今のままじゃ、戦場で死人に一番乗りするぞ。ジョークだ。乗るなとはいわないが、付き合い方を覚えろ」

「ぐっ……、はい」

 バツの悪そうな顔をして口を閉じた。陽気の天気に恵まれた行軍は緩やかに続く。


    ◇


 何度とある野営、村や町に立ち寄れば宿を取る。地図の上をなぞる様にして、順調に足並み乱れず目的地へ向かう。城下の街を発って三日目の夕方、討伐対象のテリトリー付近まで踏み込む寸前で隊が止まった。目の前には深い森が広がりだしている。

 討伐隊にとって鬱蒼と茂る深い場所は異界であり、川ではなく大海のような存在を彼らの頭の中に彷彿とさせる。正確にものを測れる精々がコンパス程度の時代では、後は土地勘と地図だけが頼りだ。虐殺のあった村まであと五キロ程までというところで、日もとっぷりと暮れてしまっていた。測量などの専門技師は随行なく、危険性回避として彼らは野営の準備を済ませていく。

 平原から先の森へと踏み込めば、敵は二倍、三倍と数を増しだす。野生動物でも、狼や熊に出会えば迂闊には行動できなくなくなる。見張りも多くつけ、体力も多く消費し効率が悪化してしまう。本討伐の作戦決行は明日と決まった。

 作戦を立て終えると、好きな時間に暖をとって夕餉の会話を楽しむ。すっかりと日も落ちると、月とかがり火だけが辺りを照らす。エダスは明日の準備を終えると、出立の日に約束をしていた銃のことをチェシアから聞いていた。

「だから、ここに火薬を込めてから弾を押し込むの。後は火縄に火を点けて、引き金を引いてズドンッ」

「はぁ……、うーん」

 説明を受けても全くピンとこない。実際に撃っているところをみなければ、感想のしようもなかった。火縄銃を持ち上げて銃身の先、発射口の中身を覗き込んでみる。光が差し込まず、暗い空間が広がっていた。指を突っ込んでみると、第一間接までがすっぽりと入っていく。抜いてみれば、入っていた分だけ煤まみれだ。

 訝しげに感じ、首を傾げながらチェシアに返す。

「交易の商人から買ったらしいが、こんなもので本当に効果があるのか? 矢を射るよりも攻撃に時間がかかるのであれば、剣か槍で突撃したほうが速いのでは?」

 『騙されたのだろう、お前』というエダスの顔に、チェシアが呆れながら鼻を鳴らす。この時代遅れの知識無しはと、心の中で罵倒した。

「あのねぇ……、銃は一撃の重さが違うの。命中させれば、即死さえさせられんのよ。頑丈な鎧は貫通するし、心臓も肺も頭蓋まで粉々に出来るわ」

「これがか? 大砲からの直撃が、城壁を壊すほどの威力なのは理解できるが……」

 先の尖っているやじりとは違う、金属質の球体を二本の指で持ち上げてみる。指先一個分ほどの塊で、敵を絶命させられるという言葉が俄かに信じがたかった。街中に配備されている大砲の弾と比べてしまうと、なんとも頼りない。

「まあ、明日を見ててみなよ。驚いた後で、あんたの顎が外れること請け合いだから」

 チェシアが何もない空間に向けて銃を構え、狙いを定めて引き金を引く。珍妙な構えだと、エダスは少し笑ってしまいそうになる。

「ああ、期待している。こちら側の死人は、できるだけない方が良い」

「一人で三〇人の傭兵を皆殺しにする化物でも、これさえあれば百人力さね」

「本当の化物ってのなら、『国崩し』がいるだろ」

 他の場所で暖を取っていた傭兵の一人が、酒を飲みながら二人の前で腰をおろす。頬を上気させ機嫌よさそうに彼は語る。エダスが知らないといった顔をして聞き返した。

「国崩し?」

「ああ、遠い御伽噺ってやつだ。ガキの頃にはよく聞かされたもんだ、『国崩しの魔女』は怖いって」

「それなら知ってるわ。悪いことすりゃ、首から上がなくなるって話しでしょ?」

「だいたい合ってるけどな。そら、はしょり過ぎだろ……」

 チェシアの回答にやる気が削がれかける。だが余興の掴みはとれたと思い、手振りとおどろおどろしい顔を作って、大真面目に演技を披露しだす。

「戦場で出会えば、最初はただの子供がどでかい化物に変わる。あとはそこらじゅうに血の雨を撒き散らす。悪いことした小悪党も、良いことしてる善人も丸ごと奈落の底へまっ逆さまさ。なぜって? 国の底に、まるごと穴が開いたら逃げ場もないだろ。ようは、そのまま国ごと崩しちまうんだよ。揺さぶって揺さぶって、それでもまだ揺さぶる。ひとどころにたちまち家壁も散らばりだす。耐えられないのさ、上から被さりゃ人も潰されていく。最後は王様の首から上が食べられる」

 いつのまにか二人三人と、聞き入る人間が増え始めていく。良い娯楽だと、仲間の一人が手を打って続きを促した。そう急くなと、片手を揺らして答える。

「そいつの姿形は子供のなりだ。酷く細い亡霊みたいに干からびた体で、肌は蝋燭のように蒼白い。目元が黒ずんでいるらしく、髪が緑色をしているらしい。浮浪者の格好でうろついて、巡礼者のマントを着て相手を油断させるんだ。誰も顔を見たことがない、知った者は食べられちまうからな。ただ、平民には浮浪者で、貴族にはドレスで立ち振る舞いを変えるんだそうだ」

「おいおい、話がおかしいぞ。見た奴がいないのに、なんで魔女の特徴が解るんだよ?」

「俺が知るかよ、単なる御伽噺だろうが」

 他から茶々を入れられ、肩を竦めながら対応する。

「だいたい、居るなら俺が会ってみてぇよ」

 ――――そうね。だったら貴方、運が良かったんじゃない?

 不気味な声だった。この場にはだいの大人が、鍛えられた兵士達しかいないはずだ。なのに、どこからともなく聞こえてきたのは、年端もいかない少女の声。

「あらあら。馬鹿面どもが、なにを呆けているのかしら。それにしても、ジェスタン伯爵かしら? 折角、あの時に見逃してやったのに。目元が黒ずむだなんて、随分と醜く仕立て上げてくれたものね」

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